悪役令嬢は世界のバグを修正する
レティシアが校舎へ向かって歩いていく。
その背中を、学生たちは遠くから見送っていた。
やがて、ひそひそとした会話が始まる。
男子学生の一人が、少し声を落として言った。
「……でもさ」
隣の友人に顔を寄せる。
「王太子殿下との婚約って、どうなったんだ?」
友人が肩をすくめる。
「もう破棄されたって話だろ」
「舞踏会の後で正式に決まったらしい」
その言葉に、別の学生が眉をひそめる。
「じゃあ、ただの令嬢になったってことか?」
だが、すぐに別の声が否定する。
「いや」
小さく首を振る。
「それでも公爵令嬢だ」
その一言で、周囲が少し静かになる。
公爵家。
それは王国でも数えるほどしか存在しない、最高位の貴族だ。
王族の次に位置する存在。
婚約がなくなったとしても、
その家格が消えるわけではない。
別の学生が小さく呟く。
「……下手に敵にはできないな」
「絶対に」
舞踏会の話を思い出したのだろう。
証言を崩し、
証拠を突きつけ、
公開の場で断罪を覆した令嬢。
あんな相手と争うのは、あまりにも危険だ。
その空気は、令嬢たちの間でも同じだった。
「関わらない方がいいかも……」
「でも、敵にはしたくないわね」
「むしろ味方にしたいくらいよ」
小さな声が、あちこちから聞こえる。
王立アルカディア学園。
ここはただの学校ではない。
小さな貴族社会。
家格。
人脈。
評判。
それらが複雑に絡み合い、見えない力関係を作っている。
噂はすぐに広がる。
評価もすぐに変わる。
そして今。
その中心にいる人物は、
間違いなく――
レティシア・アルヴェルンだった。
石畳の道の先。
校舎の階段を上る彼女の姿を、学生たちは遠くから見つめている。
誰もが理解していた。
今、この学園で最も注目されている人物は、
あの公爵令嬢なのだ。