悪役令嬢は世界のバグを修正する
魔法陣の中央。
レティシアは静かに立っていた。
周囲では、学生たちが固唾をのんで見守っている。
アルドリック教授が言う。
「では――」
「火球魔法を」
指定されたのは、ごく基本的な魔法。
火球。
魔法学を学ぶ者なら、誰もが最初に習う初級魔法だ。
レティシアは小さく頷いた。
「はい」
短い返事。
それ以上の言葉はない。
彼女はゆっくりと右手を持ち上げた。
指先を軽く前へ向ける。
余計な動きはない。
その姿勢は、まるで呼吸を整えるように自然だった。
そして。
レティシアは小さく詠唱する。
「――Ignis」
短い。
あまりにも短い詠唱。
その瞬間。
周囲の学生たちが目を見開いた。
「え?」
誰かが思わず声を漏らす。
普通、火球魔法にはもう少し長い詠唱が必要だ。
魔力を集め、
火属性へ変換し、
安定させて発動する。
そのためには複数の言葉を使うのが一般的だった。
だが。
レティシアの詠唱は、
たった一言。
「Ignis」
それだけ。
学生たちの間にざわめきが広がる。
「短くないか?」
「今ので発動するのか?」
「詠唱省略?」
驚きと疑問が入り混じる。
しかし。
レティシア本人は気にした様子もない。
ただ静かに、
手のひらを前へ向けていた。
次の瞬間――
彼女の掌の上に、
炎が生まれた。