悪役令嬢は世界のバグを修正する
アルドリック教授は再び黒板へ向き直った。
チョークを持つ手がゆっくりと動く。
キィ――
乾いた音が教室に響く。
しかし、そこに書かれたものは先ほどの魔法式とは明らかに違っていた。
奇妙な記号。
曲線と直線が複雑に絡み合った形。
どこか文字のようで、
しかし文字とも違う。
幾何学的な模様にも見える。
学生たちは思わず身を乗り出した。
「なんだあれ」
「見たことない」
「魔法陣の一部?」
教授はチョークを置き、
黒板の記号を軽く指し示す。
そして言った。
「これを」
少し間を置く。
「古代ルーンと呼びます」
教室が静かになる。
古代ルーン。
魔法学の中でも特に神秘的な言葉だった。
アルドリック教授は続ける。
「古代魔法文明で使われていたとされる文字」
「あるいは」
「魔法言語」
黒板に書かれた記号を見ながら説明する。
「遺跡や石板から発見されることが多く」
「古代魔法の研究では非常に重要な資料とされています」
学生たちは興味深そうに黒板を見る。
しかし。
そこには一つの問題があった。
教授は静かに言う。
「ですが」
教室の空気が少し変わる。
「現在」
「完全な解読は不可能です」
一瞬。
学生たちが固まった。
「え?」
誰かが思わず声を漏らす。
「読めないの?」
別の学生も驚いた顔をする。
「文字なのに?」
教室にざわめきが広がる。
アルドリック教授は落ち着いた様子で頷いた。
「ええ」
「読めません」
はっきりと断言する。
「発音も」
「意味も」
「文法も」
教授は黒板のルーンを指でなぞる。
「ほとんど分かっていない」
学生たちは信じられないという顔をしていた。
魔法研究は何百年も続いている。
それなのに、
文字すら解読できていない。
教授は続ける。
「ただ一つ」
「確実に言えることがあります」
教室が再び静かになる。
アルドリック教授は黒板のルーンを見ながら言った。
「これらは」
「魔法に関係している」
遺跡。
古代装置。
魔法陣。
多くの場所で、このルーンが発見されている。
つまり。
この文字は
魔法文明の核心に関わるものだった。
学生たちは黒板を見つめる。
だが、
そこに意味を見出せる者は誰もいなかった。