悪役令嬢は世界のバグを修正する
王立アルカディア学園・大演習場。
普段は訓練に使われる広大な魔法フィールドは、
今日だけはまったく違う姿になっていた。
中央には巨大な円形の競技場。
地面には複雑な魔法陣が刻まれ、
周囲には暴走防止の結界柱が並んでいる。
さらにその外側には、
階段状の観客席。
学生だけではない。
教師陣。
王国騎士団の関係者。
貴族の来賓。
そして――
黒いローブを着た数人の観察官。
王宮魔法研究所の人間だった。
一年に一度の大会。
王立魔法競技大会。
ここでの結果が、
将来を左右する。
演習場の中央に、
学園長が進み出た。
白い法衣。
杖を手にした老人。
場の空気が静まり返る。
学生たちが自然と背筋を伸ばす。
学園長はゆっくりと周囲を見渡し、
静かに宣言した。
「これより」
声が魔法で拡張され、
演習場全体に響く。
「王立アルカディア学園」
「王立魔法競技大会を開始する」
その瞬間、
観客席から拍手が起こる。
だが、
参加する学生たちは笑っていない。
緊張。
期待。
不安。
様々な感情が混ざっていた。
列の中で、
カイル・ヴァルグレイは腕を組んで立っている。
鋭い目でフィールドを見つめる。
(今年こそ)
闘志が隠れていない。
隣の学生が小声で言う。
「本気だな…」
カイルは答えない。
ただ前を見る。
その少し後ろ。
レティシア・アルヴェルン。
姿勢は変わらない。
表情も変わらない。
まるで授業を待っているかのように、
静かに立っている。
周囲の緊張とは無関係だった。
(大会……)
心の中でだけ、
小さく言葉を繰り返す。
観客席。
セシリアが座っていた。
優雅な姿勢で、
競技場を見下ろしている。
隣の令嬢が話しかける。
「妹さん、出るんですよね?」
セシリアは微笑む。
「ええ」
少し楽しそうに続けた。
「きっと面白くなるわ」
その時。
フィールド中央の魔法陣が淡く光る。
大会用のシステムが起動する合図。
空気がわずかに震える。
ほんの一瞬だけ。
レティシアの視界が揺れた。
誰も気づかないほどの違和感。
だが彼女だけが、
目を細める。
空中。
何もないはずの場所に、
一瞬だけ。
赤い点滅。
EVENT START
次の瞬間、
消えた。
音もなく。
痕跡もなく。
レティシアはゆっくりと前を見た。
(やっぱり……)
胸の奥で、
静かに確信が形になる。
(始まった)
大会の開始。
同時に、
物語のイベントも始まった。
そんな感覚が、
確かにあった。