悪役令嬢は世界のバグを修正する
大演習場・控室。
外の歓声が、
厚い扉越しにくぐもって聞こえてくる。
準決勝まで残った者だけが使える部屋。
広いはずの空間に、
今は一人しかいない。
カイル・ヴァルグレイは、
椅子に腰を下ろしたまま動かなかった。
手には、
まだ試合用の手袋。
視線は床に落ちている。
頭の中で、
何度も同じ光景が繰り返されていた。
予選。
そして本戦。
レティシア・アルヴェルンの戦い。
火球が消えた。
雷が崩れた。
結界が揺れた。
魔法が、
壊された。
いや。
違う。
カイルは小さく息を吐く。
「……壊されたんじゃない」
ゆっくり目を閉じる。
思い出す。
あの瞬間。
風が触れただけで、
術式が崩れた。
炎が、
形を保てなくなった。
魔法陣が、
意味を失った。
低く呟く。
「構造……」
言葉にしてみても、
理解は追いつかない。
魔法は組むものだ。
練るものだ。
制御するものだ。
だがあの少女は、
触れていた。
術式そのものに。
カイルの拳が、
ゆっくり握られる。
(分からない)
(理解できない)
しばらく沈黙。
そして。
目を開ける。
視線が変わる。
迷いが消えている。
(だが)
深く息を吸う。
(勝つ)
立ち上がる。
椅子が小さく音を立てる。
控室の鏡に、
自分の姿が映る。
侯爵家の嫡男。
学園上位。
騎士団志望。
ここで負けるわけにはいかない。
拳を強く握る。
「俺は……」
ゆっくり言う。
「騎士団に入る」
鏡の中の自分を見据える。
「そのためにここまで来た」
少し間。
レティシアの顔が浮かぶ。
無表情。
静かな目。
自分を見ていない目。
カイルの眉がわずかに動く。
「……気に入らないな」
小さく笑う。
だがその笑いは、
闘志だった。
「本気で行く」
低い声。
重い決意。
部屋の空気が張り詰める。
魔力がわずかに揺れる。
炎の気配が、
かすかに空気を震わせた。
扉の外から声が響く。
「準決勝第一試合、出場者は準備を」
カイルは手袋をはめ直す。
剣を手に取る。
扉へ向かう。
足取りは迷いがない。
胸の奥で、
ただ一つだけ思う。
(来い)
扉に手をかける。
(レティシア・アルヴェルン)
扉が開く。
光が差し込む。
ライバル戦が、
始まろうとしていた。