悪役令嬢は世界のバグを修正する
大演習場・別控室。
外の歓声は遠い。
壁に張られた結界の影響で、
この部屋だけ空気が静かだった。
机の前に座り、
レティシアは本を読んでいた。
魔法理論書。
分厚い。
大会の直前とは思えないほど、
落ち着いた時間が流れている。
ページをめくる音だけが響く。
外では準決勝の発表で騒いでいるはずだが、
この部屋にはほとんど届かない。
扉がノックもなく開いた。
「やっぱりここね」
明るい声。
セシリアが入ってくる。
手を腰に当てて、
呆れたように笑う。
「あなた、本当に試合前なの?」
レティシアは視線を上げる。
「ええ」
それだけ言って、
また本に目を落とす。
セシリアはため息をつく。
「準決勝よ?」
返事は淡白。
「知ってるわ」
「次の相手も」
「ええ」
セシリアが少し身を乗り出す。
「カイルよ?」
ページをめくる手が、
ほんの少しだけ止まる。
だがそれだけ。
「そう」
興味がない声だった。
セシリアが笑う。
「学園トップよ?」
「騎士団志望」
「今年の優勝候補」
レティシアは本を閉じる。
少しだけ考えるように、
視線を宙に向ける。
心の中で思う。
(強い人……)
これまでの試合を思い出す。
予選。
本戦。
対戦相手の魔法。
どれも似ていた。
構造が単純。
接続が粗い。
制御が甘い。
だから崩せた。
だが、
カイルの魔法は違った。
炎の密度。
術式の多層構造。
接続の数。
精度。
(たしかに……)
小さく思う。
(構造が複雑そう)
少しだけ、
興味が生まれる。
セシリアがその顔を見る。
「珍しいわね」
レティシアが視線を戻す。
「何が?」
「あなたが考えてる顔してる」
レティシアは首を傾げる。
「そう?」
セシリアは笑う。
「楽しみ?」
少し間。
レティシアは正直に答える。
「分からない」
嘘ではない。
勝ちたいわけじゃない。
負けたくないわけでもない。
ただ。
少しだけ気になる。
その瞬間。
視界の端に、
赤い点が走る。
一瞬だけ。
SYSTEM EVENT PROGRESS
文字が浮かぶ。
すぐに消える。
誰にも見えない。
レティシアのまばたきが、
わずかに遅れる。
胸の奥で思う。
(また……)
静かに息を吐く。
(やっぱり)
大会。
試合。
対戦。
強敵。
順番。
全部。
並びすぎている。
(イベント……)
本を机に置く。
ゆっくり立ち上がる。
セシリアが聞く。
「行くの?」
レティシアは頷く。
「ええ」
扉に向かいながら、
小さく思う。
(進んでる)
手を扉にかける。
(物語が)
扉を開く。
光が差し込む。
(ちゃんと進んでる)