悪役令嬢は世界のバグを修正する
「――開始!」
合図と同時に、
空気が爆ぜた。
カイルの足が地面を蹴る。
次の瞬間にはもう距離が詰まっていた。
右手に炎。
左手に剣。
同時に振るう。
「はっ!」
炎弾が放たれる。
一直線ではない。
曲がる。
回り込む。
逃げ道を塞ぐ軌道。
観客席がざわめく。
「速い!」
「詠唱なし!?」
「いや短縮だ!」
レティシアは一歩だけ横に動く。
炎がかすめる。
次の瞬間、
カイルが踏み込んでいた。
剣が振り下ろされる。
金属音。
結界に反射した光が揺れる。
レティシアは後ろへ滑るように下がる。
間合いを取る。
だがカイルは止まらない。
「まだだ!」
炎の魔法陣が足元に展開する。
三重構造。
連続発動型。
火球が三つ同時に生まれる。
前。
左。
上。
死角を潰す配置。
観客席から声が上がる。
「うまい!」
「戦闘慣れしてる!」
「実戦型だ!」
教師席でも頷きが起きる。
「完成度が高いな」
「制御も速さも十分」
アルドリック教授が小さく言う。
「……これが本来の上位だ」
フィールド中央。
火球が迫る。
レティシアは、
一歩だけ動く。
右へ。
最小の移動。
火球が通り過ぎる。
続けて剣が来る。
避ける。
炎が来る。
避ける。
雷が走る。
避ける。
カイルの攻撃は止まらない。
近接。
遠距離。
魔法。
剣。
連続。
流れるような動き。
観客席が熱を帯びる。
「すげぇ!」
「本気だ!」
「大会レベルじゃない!」
カイルが踏み込む。
剣を振り抜きながら叫ぶ。
「どうした!」
炎が爆ぜる。
「攻撃してこい!」
レティシアは答えない。
後ろへ半歩。
風が揺れる。
避けるだけ。
防ぐだけ。
反撃しない。
カイルの眉が動く。
「……余裕か?」
さらに魔力を込める。
炎が大きくなる。
空気が熱くなる。
観客席がざわつく。
「押してるぞ!」
「レティシア何もしてない!」
「動いてるだけだ!」
教師の一人が言う。
「防戦一方だな」
別の教師が首を振る。
「違う」
視線はフィールド。
「見てる」
アルドリック教授も同じことを言う。
「……観察している」
フィールド中央。
レティシアの視線は、
カイルではない。
炎。
魔法陣。
剣の軌道。
魔力の流れ。
すべてを追っている。
心の中で思う。
(速い)
(でも)
火球が横を通る。
(形が分かる)
雷が落ちる。
(接続も見える)
炎の魔法陣が展開する。
(構造が……)
わずかに目を細める。
(複雑)
少しだけ、
興味が強くなる。
その瞬間、
視界の奥がわずかに揺れた。
赤い点。
一瞬だけ。
すぐ消える。
まだ文字は出ない。
だが、
何かが近づいている。
レティシアは動かない。
ただ、
見ている。
次の段階を待つように。