悪役令嬢は世界のバグを修正する
カイルが距離を取った。
踏み込む動きを止め、
大きく後ろへ跳ぶ。
靴底が地面を滑り、
結界の中央に広い間合いが生まれる。
観客席がざわつく。
「距離取った?」
「詠唱する気だ」
「来るぞ……」
カイルは剣を下ろし、
両手を前に出す。
呼吸を整える。
胸が大きく上下する。
そして、
低く呟いた。
「……ここからだ」
足元に魔法陣が展開する。
一重。
二重。
三重。
さらに上に重なる。
炎のルーンが回転する。
空気が一気に熱を帯びた。
教師席の一人が立ち上がる。
「長詠唱……!」
別の教師が目を見開く。
「上級魔法だ」
騎士団席でもざわめきが起きる。
「本気だな」
「大会で使う気か?」
研究所の観察官が記録具を握る。
「出力上昇確認」
「術式規模拡大」
「これは……」
低い声。
「大きい」
フィールド中央。
カイルの周囲に炎が渦巻く。
詠唱が続く。
「炎よ」
空気が震える。
「集え」
魔法陣がさらに広がる。
地面だけではない。
空中にも展開する。
幾何学模様が重なり、
巨大な術式になる。
観客席から悲鳴に近い声が上がる。
「でかい!」
「なんだあれ!?」
「結界大丈夫か!?」
教師が叫ぶ。
「出力制限内か確認しろ!」
結界柱が強く光る。
防御結界が厚くなる。
それでも、
空の色が変わった。
赤い。
まるで夕焼けのように、
競技フィールドの上空が染まる。
熱気が観客席まで届く。
セシリアが目を細める。
「本気ね」
アルドリック教授が呟く。
「上級炎魔法……」
少し間。
「大会で使う規模じゃない」
フィールド中央。
カイルの額に汗が流れる。
だが詠唱は止まらない。
「燃えろ」
炎が集まる。
巨大な火球が、
空中に形成される。
直径数メートル。
圧縮された炎。
重い。
落ちれば、
普通の防御では耐えられない。
カイルが叫ぶ。
「これで終わりだ!」
腕を振り下ろす。
魔法陣が共鳴する。
空の火炎が動く。
落ちる。
巨大な炎が、
レティシアに向かって降下する。
観客席が立ち上がる。
「危ない!」
「避けろ!」
「受けたら終わりだ!」
教師が叫ぶ。
「防御結界準備!」
騎士団が身を乗り出す。
研究所が記録を止めない。
その中心。
レティシアは動かない。
風が少しだけ揺れる。
炎が近づく。
熱が頬に触れる。
彼女の目が、
わずかに細くなる。
視線は炎ではない。
術式を見ている。
空中に広がる、
巨大な魔法構造を。
そして。
視界の奥に、
赤い光が走った。
SYSTEM ——
一瞬だけ、
文字が現れかける。
次の瞬間。
世界の見え方が変わり始めた。