悪役令嬢は世界のバグを修正する
別控室。
静かな部屋だった。
外の歓声が遠くに聞こえる。
決勝前とは思えないほど、
中は落ち着いている。
椅子に座り、
レティシアは本を開いていた。
ページをめくる音だけが、
小さく響く。
周囲には誰もいない。
……はずだった。
扉が軽くノックされる。
コンコン。
レティシアは顔を上げる。
「どうぞ」
扉が開き、
セシリアが入ってきた。
明るい笑顔。
いつも通りの空気。
「こんな時まで読書?」
レティシアは本を閉じる。
「時間があったから」
セシリアは肩をすくめる。
「決勝よ?」
少し大げさに言う。
「学園で一番大きい試合」
「緊張とかしないの?」
レティシアは少し考える。
そして、
小さく答える。
「……しない」
セシリアが笑う。
「あなたらしいわね」
部屋の中に、
少しだけ静かな時間が流れる。
セシリアは壁にもたれ、
レティシアを見ている。
レティシアは視線を落とす。
そして、
少しだけ考える。
ほんの少しだけ。
(さっき……)
準決勝の後。
空を見た時。
赤い点。
ノイズ。
一瞬だけ見えた表示。
SYSTEM
MATCH CLEAR
REWRITE POSSIBLE
胸の奥がざわつく。
本を持つ手が、
わずかに止まる。
(見えた)
(また)
セシリアが気付く。
「どうしたの?」
レティシアは顔を上げる。
少しだけ間を置いて、
首を横に振る。
「……なんでもない」
セシリアはじっと見る。
だが深くは聞かない。
「そう」
軽く笑う。
「まあ、あなたなら大丈夫でしょ」
レティシアは何も答えない。
視線が少しだけ遠くを見る。
頭の中に浮かぶ。
空に浮かんだ文字。
赤い表示。
SYSTEM
REWRITE POSSIBLE
意味が分からない。
でも、
分かってしまいそうで怖い。
(書き換え……)
その言葉が、
胸の奥に引っかかる。
魔法は構造。
構造は式。
式は並び。
並びは変えられる。
もし、
世界も同じなら。
手が少しだけ震える。
ほんのわずか。
自分でも気づかないほど。
(……触ったら)
(変わる?)
胸の奥に、
小さな不安。
今まで感じたことのない感覚。
強さでも、
緊張でもない。
知らない領域に近づいている感じ。
セシリアが立ち上がる。
「そろそろ呼ばれるわ」
レティシアを見る。
少しだけ優しく。
「無理しないでね」
レティシアは小さく頷く。
「うん」
セシリアが扉へ向かう。
その時。
レティシアの視界が揺れる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
赤い点。
SYSTEM READY
REWRITE AVAILABLE
すぐ消える。
レティシアの呼吸が止まる。
誰も気づかない。
セシリアも、
教師も、
観客も。
レティシアだけが見ている。
胸の奥で、
小さく思う。
(……怖い)
そして、
同時に。
(でも)
ほんの少しだけ、
確信がある。
(触れる)
本を机に置く。
静かに立ち上がる。
決勝が、
始まる。