悪役令嬢は世界のバグを修正する
学園・中庭。
大会が終わった翌日。
昼の光が石畳を照らしている。
学生たちはまだ昨日の話で持ちきりだった。
「あの結界見た?」
「絶対古代魔法だろ」
「いや禁術だって」
「レティシア様やばすぎる」
笑い声。
興奮。
噂。
どこを歩いても同じ話が聞こえる。
その中を、
レティシアは静かに歩いていた。
本を抱えている。
いつも通り。
姿勢も、
歩き方も、
何も変わらない。
なのに、
どこかだけ違う。
中庭の噴水の近くで、
声がした。
「レティシア」
振り向く。
セシリアが立っていた。
姉は腕を組んで、
少しだけ呆れた顔をしている。
「探したわよ」
レティシアは首を傾ける。
「何か用?」
セシリアが近づく。
じっと顔を見る。
少し長い沈黙。
レティシアが先に言う。
「……なに?」
セシリアは答えない。
そのまま見ている。
目を細める。
いつもの軽い笑いもない。
観察するみたいに見ている。
レティシアがもう一度言う。
「どうしたの」
セシリアが小さく息を吐く。
「最近」
少し間を置く。
「変よ」
レティシアの眉がわずかに動く。
「そう?」
何でもない声。
本当に分かっていないみたいに。
セシリアはすぐ答えない。
もう一歩近づく。
顔を覗き込む。
そして言う。
「目」
レティシアが止まる。
「目が違う」
静かな声だった。
周りの学生の声が遠くなる。
噴水の音だけが聞こえる。
レティシアは少しだけ瞬きをする。
「……違う?」
セシリアは頷く。
「前はね」
少し考える。
言葉を探す。
「もっと普通だった」
レティシアは何も言わない。
セシリアが続ける。
「今は」
目を見たまま言う。
「どこ見てるのか分からない」
胸の奥が小さく揺れる。
レティシアは視線を逸らす。
噴水を見る。
水の流れを見る。
石を見る。
何でもないものを見る。
セシリアが言う。
「昨日からよ」
一拍。
「大会のあと」
レティシアの指がわずかに止まる。
本を持つ手が、
ほんの少しだけ力む。
セシリアは見逃さない。
「やっぱり」
小さく言う。
「何かあったでしょ」
レティシアは少しだけ黙る。
答えない。
答えられない。
空を見る。
青い空。
……ほんの一瞬、
線が見えた気がした。
すぐ消える。
何もない。
レティシアは小さく言う。
「別に」
いつもの声。
いつもの調子。
でも、
少しだけ遅い。
セシリアはじっと見ていた。
そして、
ため息をつく。
「……無理に聞かないけど」
少しだけ笑う。
でも目は笑っていない。
「変よ、あんた」
振り向く。
歩き出す。
去りながら言う。
「気をつけなさい」
レティシアはその場に残る。
一人。
中庭の真ん中。
空を見る。
誰も気づかない。
でも、
ほんの一瞬だけ、
空間に細い線が走った。