悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜。
アルヴェルン家の屋敷。
レティシアの部屋。
大会が終わってから一日。
中庭でセシリアに言われた言葉が、
まだ胸の奥に残っていた。
――目が違う
本を開いている。
いつも通りの時間。
いつも通りの姿。
文字を追っている。
……はずだった。
ページが進んでいない。
同じ行を何度も見ている。
内容が頭に入らない。
小さく息を吐く。
本を閉じる。
机の上に置く。
静かすぎる夜だった。
窓の外を見る。
カーテンの隙間から、
星空が見える。
雲はない。
風もない。
ただ、
静かな夜。
レティシアは立ち上がる。
窓の前まで歩く。
手をかけて、
少しだけ開ける。
冷たい空気が入ってくる。
夜の匂い。
遠くで虫の音がする。
普通の夜。
何もおかしくない。
……はずだった。
その瞬間。
空が揺れた。
ほんの一瞬。
星の位置がずれる。
レティシアの目が止まる。
次の瞬間。
空間に、
線が浮かんだ。
細い光。
透明な文字。
昼に見たものより、
はっきりしている。
ルーン。
一つ。
二つ。
三つ。
増える。
空の奥に、
巨大な文字列が広がる。
まるで、
夜空の裏側に刻まれているみたいに。
レティシアの呼吸が浅くなる。
(……また)
消えない。
今度は消えない。
ルーンがそのまま残っている。
重なっている。
動いている。
繋がっている。
意味がある形。
理解できそうで、
できない構造。
そのとき、
視界の奥に赤い文字が浮かぶ。
SYSTEM
表示が安定している。
ゆっくり文字が追加される。
ACCESS LEVEL 2
レティシアの指先が震える。
さらに表示。
CORE LINK ESTABLISHED
心臓が強く鳴る。
意味が分かる気がする。
分かってはいけない気もする。
目の前のルーンが、
わずかに光る。
呼ばれているみたいだった。
触れられる距離にある気がする。
レティシアは手を上げる。
ゆっくり。
無意識に。
指先を伸ばす。
空に向かって。
ルーンに向かって。
あと少し。
触れられる。
その瞬間。
背筋に冷たいものが走る。
本能が止める。
怖い。
理由は分からない。
でも、
触れたら戻れない気がした。
レティシアの手が止まる。
震える。
そのまま、
ゆっくり下ろす。
ルーンはまだ浮かんでいる。
消えない。
SYSTEM表示も消えない。
ACCESS LEVEL 2
CORE LINK ESTABLISHED
赤い文字が、
静かに点滅する。
レティシアは小さく呟く。
「……まだ」
息を吐く。
窓の外を見る。
夜空。
ルーン。
星。
全部そこにある。
小さく思う。
(触れる)
少し間を置く。
(でも…)
視線を落とす。
自分の手を見る。
指先がわずかに震えている。
(まだ…)
ゆっくり目を閉じる。
そして、
小さく思う。
(制御できない)