悪役令嬢は世界のバグを修正する
エレノアとの会話が終わったあとも、
サロンの空気は戻らなかった。
誰も大きな声を出さない。
笑っている令嬢もいる。
紅茶を飲む者もいる。
けれど、
全員がどこかぎこちない。
さっきの一言。
「変な人ね」
それだけで、
場の流れが変わっていた。
エレノアはもう席に戻っている。
王家派の中央。
いつも通りの微笑み。
まるで何もなかったみたいに、
別の令嬢と会話をしている。
だが、
周囲の反応が違う。
騎士派が距離を取る。
魔法派が様子を見る。
古貴族派が黙る。
新貴族派がひそひそ話す。
そして、
時々向けられる視線。
全部、
レティシアに向いていた。
レティシアは何も言わない。
カップを持つ。
少しだけ口をつける。
味が分からない。
胸の奥がざわついている。
さっきと同じ感覚。
いや、
もっとはっきりしている。
何かが始まる前の感じ。
少しだけ目を伏せる。
その瞬間だった。
視界の中央が赤く染まる。
一瞬だけ。
でも今回は、
はっきりしていた。
SYSTEM
無機質な文字。
冷たい光。
次の行が出る。
RIVAL EVENT ACTIVE
レティシアの手が止まる。
呼吸がわずかに浅くなる。
周囲の音が遠くなる。
さらに一瞬、
次の表示。
SOCIAL CONFLICT START
そして消える。
何事もなかったみたいに、
サロンの音が戻る。
笑い声。
カップの音。
布の擦れる音。
全部普通。
誰も気づいていない。
レティシアだけが、
動かない。
ゆっくり目を開ける。
王家派の席を見る。
エレノアが笑っている。
完璧な令嬢の顔。
でも、
その後ろに、
見えない線がある気がした。
派閥。
評価。
順位。
排除。
全部つながっている。
レティシアは小さく息を吐く。
誰にも聞こえない声で呟く。
「……来た」
少し間。
心の中で続ける。
(イベント)
さらに。
(排除イベント)
視界の奥で、
赤いノイズが一瞬だけ走った。
まるで、
世界が次の場面を準備しているみたいに。