悪役令嬢は世界のバグを修正する
サロンのざわめきが、
ゆっくりと戻っていく。
令嬢たちはまた紅茶を飲み、
笑い、
会話を始めている。
さっきまでの緊張が嘘みたいに、
表面だけは穏やかだった。
けれど、
空気の奥が違う。
レティシアはカップを置いた。
静かに、
周囲を見る。
サロン全体。
丸いテーブル。
座る位置。
話している相手。
距離。
視線。
全部が見える。
さっきまでただの集まりに見えた空間が、
今は違って見えていた。
王家派は奥。
騎士派は入口側。
魔法派は窓際。
古貴族派は中央寄り。
新貴族派は外側。
線がある。
見えない線。
でも、
はっきり分かる。
派閥。
順位。
力関係。
そして、
中央。
どこにも属していない場所。
自分の席。
孤立位置。
周囲から伸びる視線が、
全部ここに集まっている気がする。
興味。
警戒。
嫉妬。
敵意。
感情が、
形になって見えるみたいだった。
胸の奥がざわつく。
少しだけ、
頭が熱くなる。
その瞬間。
視界がゆっくり歪んだ。
時間が少し遅くなる。
サロンの空気が、
透明になる。
そして、
見えた。
空間に、
細い線。
光の線。
重なって、
形を作る。
ルーン。
魔法の構造じゃない。
もっと大きい。
空間そのものに書かれているみたいな、
文字。
サロンの上に、
薄く浮かんでいる。
一瞬だけ。
本当に一瞬。
レティシアの瞳がわずかに開く。
その時、
赤い表示が出た。
SYSTEM
次の行。
SOCIAL CONFLICT GENERATED
さらに一瞬。
TARGET STRUCTURE LOCKED
消える。
何もなかったみたいに、
世界が戻る。
笑い声が聞こえる。
カップの音がする。
布が揺れる。
全部普通。
でも、
レティシアだけが動かない。
心の中で呟く。
(また…)
少し間。
(イベント)
さらに。
(排除ルート)
ゆっくり顔を上げる。
王家派の席を見る。
エレノアが笑っている。
周囲に令嬢たちを集めて、
優雅に話している。
完璧な笑顔。
完璧な姿勢。
でも、
その視線が一瞬だけ、
こちらに向いた。
目が合う。
ほんの一瞬。
エレノアは微笑んだまま、
わずかに目を細めた。
何も言わない。
でも分かる。
敵だと認識された。
レティシアは目を逸らさない。
静かに見返す。
胸の奥で、
何かが確定する。
小さく、
誰にも聞こえない声で呟く。
「……排除イベント」
サロンの外では、
春の風が吹いていた。