悪役令嬢は世界のバグを修正する
政治の話題が終わると、
空気は少しだけ柔らいだ。
だが、
緊張は消えていない。
むしろ、
次の流れが来るのを、
誰もが待っているようだった。
その時、
少し離れた席にいた年上の令嬢が、
静かに立ち上がった。
落ち着いた動き。
年齢は少し上。
三年生。
古貴族派の上位。
周囲がわずかに姿勢を正す。
セシリアが小声で言う。
「……来たわ」
レティシアは視線だけ向ける。
その令嬢は優雅に近づき、
柔らかく微笑んだ。
「ごきげんよう」
レティシアが答える。
「ごきげんよう」
少しだけ間。
令嬢が椅子の横に立ったまま言う。
「大会優勝、お見事でしたわ」
「ありがとうございます」
短い。
令嬢は微笑んだまま、
ゆっくり首を傾ける。
「……でも」
一拍。
「少しよろしいかしら」
周囲の令嬢たちが静かになる。
セシリアの手がわずかに動く。
止められない。
年上令嬢が言う。
「先ほどの言葉遣いですけれど」
空気が変わる。
完全に変わる。
レティシアが少しだけ目を向ける。
令嬢は優しい声のまま続ける。
「王家のお話の時」
「『決めてない』とおっしゃいましたわね」
一拍。
「正しくは」
「まだ決めておりません、ですわ」
周囲の令嬢が小さく頷く。
「ええ」
「確かに」
「その方が丁寧ですわね」
令嬢はさらに続ける。
「それから」
「エレノア様への返事」
「ありがとう、では少し軽いかしら」
レティシアが止まる。
考える。
言葉を探す。
だが、
すぐ出てこない。
令嬢は微笑んだまま言う。
「貴族同士の場では」
「礼は重ねるものですの」
「ありがとうございます、エレノア様」
「くらいは必要ですわ」
周囲の令嬢が小さく笑う。
「確かに」
「大会の場とは違いますものね」
「社交ですもの」
別の令嬢が言う。
「カップの持ち方も少し固いですわ」
「肘をもう少し」
「そう」
「力を抜いて」
さらに一人。
「歩き方も直線すぎますわね」
「もう少し流れるように」
次々に声が出る。
全部、
正しい。
全部、
間違っていない。
でも、
全部、
わざと。
レティシアの動きが少し遅れる。
言われてから直す。
直してからまた言われる。
タイミングが合わない。
周囲がそれを見る。
小さな声。
「慣れてないのね」
「学園では一位でも…」
「社交は別ですわ」
「やっぱり変わってる」
「天才型ね」
「扱いにくい」
セシリアが横で微笑んでいる。
だが、
指先が少しだけ震えている。
小声で言う。
「レティシア」
「呼び方」
「様をつけて」
レティシアが頷く。
「……エレノア様」
少し遅い。
少しだけ硬い。
それだけで、
周囲の空気がわずかに冷える。
その瞬間。
視界が赤く揺れる。
SYSTEM
表示。
ETIQUETTE CHECK FAILED
次の行。
SOCIAL STATUS ↓
さらに。
REPUTATION ↓
一瞬で消える。
レティシアの手が止まる。
心の中で思う。
(また下がった)
周囲を見る。
誰も何も言っていない。
ただ紅茶を飲んでいる。
だが、
距離が少し広がっている。
ほんの少し。
でも確実に。
年上令嬢が最後に微笑む。
「大会は素晴らしいですけれど」
一拍。
「社交は別ですわ」
静かに礼をして、
席へ戻る。
残った空気だけが、
重かった。
セシリアが小声で言う。
「……削られてるわね」
レティシアは小さく頷く。
そして思う。
(これ…)
(魔法戦より難しい)