悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都・令嬢サロン。
昼下がりの光が大きな窓から差し込み、
白いテーブルクロスの上に影を落としている。
紅茶の香り。
静かな笑い声。
優雅な空間。
――のはずだった。
だが今日は、
空気が少し違っていた。
いつもなら自然に分かれている席。
王家派。
騎士派。
魔法派。
古貴族派。
新貴族派。
その境界が、
わずかに揺れている。
令嬢の一人が小声で言った。
「……変じゃない?」
向かいの令嬢が視線を動かす。
「ええ」
さらに小さな声。
「まだ残ってる」
別の令嬢が聞き返す。
「誰が?」
答えはすぐ出る。
「あの子よ」
視線が動く。
サロンの端。
レティシアが座っている。
以前と同じ席。
孤立位置。
だが――
完全な孤立ではない。
少し離れた席に、
新貴族派の令嬢がいる。
さらに奥に、
騎士派の令嬢。
魔法派もいる。
距離はある。
だが、
敵ではない距離。
令嬢の一人が眉をひそめる。
「おかしいわ」
別の令嬢。
「この前まで完全に外だったのに」
さらに。
「流れ、終わってたはずよね?」
小さな沈黙。
誰も大きな声では言わない。
だが全員分かっている。
排除の流れ。
それが、
止まっている。
サロンの奥。
王家派の席。
エレノアの側近たちが集まっている。
一人が低い声で言う。
「報告と違います」
別の令嬢。
「婚約会で決まったはずです」
「社交評価低」
「政治評価低」
「派閥なし」
「危険枠」
紙の上では、
完全に外れている。
なのに。
まだいる。
まだ座っている。
まだ呼ばれている。
令嬢の一人が言う。
「新貴族が中立に戻ったわ」
「騎士派も」
「魔法派も様子見」
さらに小声。
「古貴族も切ってない」
沈黙。
重い沈黙。
一人がつぶやく。
「……誰か動いた」
別の令嬢。
「アルヴェルン家よ」
すぐに答えが出る。
「姉」
「セシリア」
空気がさらに重くなる。
一人が苛立った声を出す。
「ただの噂だったはずよ」
「妹が変で終わる話だったのに」
別の令嬢。
「終わらない」
「残ってる」
さらに。
「孤立しない」
その言葉で、
全員が黙る。
サロンの中央。
エレノアが座っている。
いつも通りの微笑み。
完璧な姿勢。
完璧な優雅さ。
だが。
目だけが動いた。
ほんの一瞬。
レティシアの方を見る。
次に、
少し離れた席を見る。
そこにセシリアはいない。
だが、
彼女が動いた痕跡はある。
エレノアの指が、
わずかにカップを押す。
音はしない。
だが隣の令嬢が気付く。
「エレノア様…」
エレノアは笑ったまま言う。
「おかしいですね」
声は穏やか。
だが冷たい。
「もう終わっているはずなのに」
誰も返事しない。
エレノアは続ける。
「評価は出ています」
「婚約会も終わりました」
「派閥も決まりました」
少し間。
「なのに」
ほんの少しだけ声が低くなる。
「なぜ、まだ残っているのでしょう」
沈黙。
誰も答えられない。
遠くで、
レティシアがカップを置く。
静かな音。
その瞬間。
レティシアの視界に、
薄く線が浮かぶ。
空間の上。
円。
文字。
配置。
ルーンが少し揺れている。
今まで固定されていたはずの線が、
わずかにずれている。
赤文字。
SYSTEM
EVENT INSTABILITY
次の行。
ELIMINATION FLOW
→ INTERRUPTED
さらに。
CAUSE
→ UNKNOWN VARIABLE
文字が歪む。
一瞬で消える。
レティシアが小さくつぶやく。
「……崩れてる」
少し間。
「イベント」
遠くで、
エレノアが笑っている。
だがその笑顔の奥で、
初めて、
流れが狂い始めていた。