悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都・王家派専用サロン。
重厚な扉の向こう。
静かな部屋。
白と金で整えられた内装。
王家に近い家だけが入れる場所。
空気はいつも通り、
整っているはずだった。
だが今日は違った。
テーブルの上に、
数枚の報告書が置かれている。
派閥動向。
婚約会後の評価。
令嬢サロンの状況。
支持者の変化。
エレノアはそれを読んでいた。
いつも通りの姿勢。
いつも通りの微笑み。
完璧な令嬢の顔。
最後の紙をめくる。
その手が、
ほんのわずか止まった。
沈黙。
部屋にいる上位令嬢たちが、
息を殺す。
エレノアがゆっくり紙を置く。
そして言った。
「……なぜ?」
声は静かだった。
だが、
冷たい。
誰もすぐには答えられない。
側近の令嬢が一歩出る。
「報告では、孤立は完了していました」
別の令嬢。
「婚約会の評価も確定しています」
「社交評価低」
「政治評価低」
「派閥なし」
「危険枠」
さらに。
「排除ルートに入ったはずです」
エレノアは微笑んだまま聞いている。
だが、
目が笑っていない。
「……ええ」
小さく答える。
「終わったはずです」
少し間。
指先が、
カップの縁に触れる。
ほんのわずか。
音が鳴る。
その瞬間、
微笑みが消えた。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
だが、
全員が凍る。
エレノアの目が細くなる。
「では」
静かに言う。
「なぜ、まだいるのです?」
沈黙。
誰も答えない。
一人が震えながら言う。
「新貴族派が中立に戻りました」
別の令嬢。
「騎士派も保留に」
「魔法派も様子見」
さらに。
「古貴族も切っていません」
エレノアの指が止まる。
目だけが動く。
「……理由は」
誰も言わない。
言いたくない。
だが、
言わなければならない。
一人が小声で言う。
「アルヴェルン家です」
空気がさらに冷える。
エレノアの視線が動く。
「……妹ではなく?」
小さな声。
「姉です」
沈黙。
長い沈黙。
エレノアがゆっくり息を吐く。
そして、
もう一度笑った。
いつもの笑顔。
完璧な笑顔。
だが、
さっきまでと違う。
温度がない。
「なるほど」
小さく言う。
「セシリア様」
誰も動かない。
エレノアは続ける。
「優秀な方ですものね」
少し間。
「だから残った」
さらに間。
「だから崩れた」
その言葉で、
全員が理解する。
これは、
ただの噂戦ではない。
イベントが狂っている。
エレノアの指が机を軽く叩く。
音は小さい。
だが命令だった。
「強めなさい」
誰かが顔を上げる。
「……どこを」
エレノアは即答する。
「全部です」
静かに続ける。
「評価を固定」
「派閥を締める」
「婚約会結果を確定」
「研究所に圧を」
「騎士団にも確認」
少し間。
そして、
はっきり言う。
「残さないで」
その一言で、
空気が凍る。
誰も逆らえない。
側近が頷く。
「……はい」
エレノアはカップを持つ。
一口飲む。
そしていつもの声に戻る。
「終わった話を」
微笑む。
「終わらせましょう」
その瞬間。
遠く離れた場所。
廊下を歩くレティシアの視界に、
赤い文字が浮かぶ。
SYSTEM
RIVAL ACTION ↑
次の行。
CORRECTION LEVEL ↑
さらに。
FORCED EVENT PREPARING
文字が揺れる。
レティシアが止まる。
小さくつぶやく。
「……来る」
少し間。
「本気だ」
遠くのサロンで、
エレノアが微笑んでいる。
その笑顔の奥で、
初めて、
敵意が完全に目を覚ましていた。