悪役令嬢は世界のバグを修正する
学園の廊下は、昼の光で明るかった。
窓から入る春の風が、カーテンを少し揺らしている。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ場所。
レティシアは一人で歩いていた。
規則正しい足音。
静かな廊下。
――少し前までなら、
ここで空気が変わっていた。
人が避ける。
視線だけ来る。
話しかけられない。
距離を取られる。
それが普通だった。
だが今日は違った。
前から歩いてきた令嬢が、
レティシアを見る。
一瞬だけ目が合う。
いつもなら逸らす。
でも逸らさない。
少し迷ってから、
小さく会釈した。
「……ごきげんよう」
レティシアは止まる。
少し考える。
「ごきげんよう」
短く返す。
それだけ。
令嬢は少し安心した顔をして通り過ぎる。
レティシアはその背中を見る。
少しだけ首をかしげる。
また歩き出す。
階段の前。
二人の令嬢が話している。
レティシアに気付く。
声が止まる。
……止まるが、
逃げない。
一人が言う。
「アルヴェルン様」
呼ばれる。
少し前ならありえない。
レティシアは振り向く。
「何?」
令嬢は少し戸惑う。
だが言う。
「この前の……大会」
「すごかったです」
沈黙。
レティシアは少し考える。
「ありがとう」
それだけ言う。
令嬢たちは顔を見合わせる。
怖がっていない。
でも慣れていない。
「……失礼します」
軽く礼をして去っていく。
レティシアはそのまま立っている。
廊下を見回す。
視線が来る。
でも違う。
前みたいな敵意じゃない。
様子見。
計算。
保留。
空気が変わっている。
レティシアは窓の前で止まる。
外を見る。
空。
春の光。
静かな景色。
その時。
視界の端に、
ノイズが走る。
赤い文字。
SYSTEM
SOCIAL FLOW SHIFT
次の行。
PRESSURE ↓
さらに。
SUPPORT VARIABLE ACTIVE
文字が揺れる。
もう一行出る。
VARIABLE
→ CECILIA
レティシアの目が少し細くなる。
「……やっぱり」
文字が消える。
静かな廊下に戻る。
レティシアは窓に手をつく。
少しだけ考える。
(流れが変わった)
少し間。
(排除ルート、止まりかけてる)
さらに。
(原因)
小さくつぶやく。
「姉さん」
風が吹く。
カーテンが揺れる。
レティシアは目を閉じる。
少しだけ笑う。
ほんの少し。
「外部変数」
また歩き出す。
足音が響く。
その背後で、
見えない線が少しだけずれる。
イベントの配置。
派閥の位置。
評価の流れ。
全部がほんの少し変わる。
そして空間の奥で、
誰にも見えない文字が浮かぶ。
SYSTEM
UNEXPECTED VARIABLE DETECTED
その表示は、
すぐに消えた。