悪役令嬢は世界のバグを修正する
大茶会のざわめきは続いていた。
笑い声。
食器の触れる音。
ドレスの擦れる音。
完璧に整えられた社交の空間。
誰の目にも、いつも通りの光景だった。
――レティシア以外には。
彼女は庭園の端に立っていた。
人の流れから少し外れた位置。
噴水の近く。
遠くにセシリアがいる。
王家派と話している。
騎士派とも笑っている。
魔法派とも距離を保っている。
古貴族にも礼をしている。
全てが滑らかに進んでいる。
完璧な流れ。
完璧な配置。
完璧な社交。
だからこそ。
おかしい。
レティシアは目を細めた。
その瞬間。
視界の奥で、
ノイズが走る。
空気の上に、
薄い線が浮かぶ。
円。
文字。
配置。
今まで何度も見たもの。
イベント構造。
社交スクリプト。
だが今日は違う。
線が揺れている。
配置がずれている。
本来なら固定されている席が、
わずかに動いている。
王家派の位置。
騎士派の位置。
魔法派の位置。
全部が、
ほんの少しだけ狂っている。
レティシアが小さくつぶやく。
「……変」
次の瞬間、
ルーンが浮かぶ。
空間の上。
大茶会全体を覆うように、
巨大な円。
そこに書かれている文字。
SOCIAL EVENT
RIVAL ROUTE
ELIMINATION FLOW
全部が表示される。
そして。
揺れる。
線が震える。
文字がにじむ。
SCRIPTの文字が現れる。
SOCIAL SCRIPT ACTIVE
↓
SOCIAL SCRIPT ACTIVE
↓
SOCIAL SCRIPT ERROR
一瞬だけ赤く点滅する。
レティシアの目が少し開く。
「……壊れてる」
さらに文字が増える。
配置図がずれる。
本来エレノア側に傾くはずの矢印が、
途中で止まっている。
別の矢印が出る。
CECILIA
その文字が、
イベントの上に重なる。
本来ないはずの線。
外から入ってきた線。
SCRIPTがさらに乱れる。
EVENT FLOW
→ RIVAL WIN
→ ELIMINATION
→ FIXED
その文字が揺れる。
書き換わる。
→ HOLD
→ WAIT
→ UNDEFINED
赤文字が出る。
SYSTEM
EVENT INSTABILITY
次の行。
SCRIPT REWRITE FAILED
さらに。
UNKNOWN VARIABLE ACTIVE
さらにもう一行。
CORRECTION REQUIRED
文字が歪む。
ルーンが震える。
円が崩れかける。
レティシアは静かにそれを見る。
誰も気付かない。
笑い声は続いている。
会話も続いている。
社交も完璧に進んでいる。
なのに。
世界だけが困っている。
レティシアが小さく言う。
「……困ってる」
少し間。
「世界が」
遠くでセシリアが笑う。
その笑顔に合わせて、
ルーンがさらに揺れる。
SCRIPTが一瞬消える。
そしてまた出る。
SYSTEM
EVENT INSTABILITY
CONTROL DIFFICULT
文字がかすれる。
レティシアは目を閉じる。
ゆっくり息を吐く。
そして小さく言った。
「想定外」
目を開ける。
空を見る。
ルーンが揺れている。
イベントが揺れている。
配置が決まらない。
世界が決められない。
その中心にいるのは、
姉だった。