悪役令嬢は世界のバグを修正する
夕方。
校舎の屋上。
授業が終わった後の時間で、
人の気配はほとんどない。
空はまだ明るいが、
西の端からゆっくり色が変わり始めている。
風が少し強い。
屋上の柵の前に、
レティシアが一人で立っていた。
誰もいない場所。
誰にも見られない場所。
彼女は何もせず、
ただ空を見ている。
最近ずっと続いている違和感。
夜会の後から消えない感覚。
視界の奥が少しだけずれている。
世界が、
ほんの少し遅れている。
空を見上げる。
雲はない。
星もまだ出ていない。
普通の夕方。
……のはずだった。
空の奥が、
わずかに歪む。
水面のように、
ゆっくり揺れる。
次の瞬間、
薄い光が浮かぶ。
円。
線。
重なった記号。
巨大なルーン。
前に見たものと同じ。
でも今度は、
はっきりしている。
空の上に、
巨大な構造が浮かんでいる。
レティシアの視界に文字が出る。
SYSTEM
MAGIC EVENT
START
少し遅れて、
別の表示。
STRUCTURE
ACTIVE
ルーンがゆっくり回る。
円が重なる。
線が繋がる。
配置が固定される。
さらに表示が増える。
CHECK
RUNNING
レティシアの目がわずかに細くなる。
(……)
胸の奥に落ちる感覚。
理解してしまう感覚。
(始まった)
小さく息を吐く。
空のルーンが回転を速める。
構造が組み上がる。
線が走る。
配置が決まる。
順番が固定される。
イベントが動き出す。
その中心に、
小さな光が出る。
一瞬だけ、
別の表示。
UNKNOWN PATH
光る。
すぐ消える。
ルーンが少しだけ乱れる。
回転が止まりかける。
すぐ戻る。
修正される。
何事もなかったように、
構造が安定する。
表示が更新される。
STRUCTURE
STABLE
レティシアは動かない。
ただ空を見ている。
何も言わない。
でも、
分かっている。
もう止まらない。
また始まった。
また動き出した。
その瞬間、
最後の表示が出る。
MAGIC SCRIPT
ACTIVE
文字がゆっくり消える。
空のルーンも消える。
ただの夕方に戻る。
でも、
もう違う。
世界はもう、
動いている。
レティシアはしばらく空を見たまま、
小さくつぶやく。
「……来る」
風が強く吹く。
屋上には誰もいない。
遠くで鐘が鳴る。
その音だけが響く。