悪役令嬢は世界のバグを修正する
開始の合図と同時に、
闘技場中央の空気が弾けた。
魔力が走る。
参加者たちが一斉に動く。
詠唱。
構築。
展開。
それぞれが最適を目指して魔法を組み上げる。
だが――
一人だけ、
動きが違った。
レティシア。
彼女は、
動かなかった。
いや。
正確には、
“余計な動きがなかった”。
詠唱しない。
手も大きく動かさない。
視線だけ。
ほんのわずかに、
流れをなぞる。
彼女の視界。
ルーン。
線。
順序。
処理。
すべてが見えている。
(ここ)
一つ目の接続。
(次)
二つ目。
(ここで分岐)
三つ目。
(同時処理)
四つ目。
思考ではない。
選択でもない。
ただ、
最短の順番をなぞるだけ。
その瞬間。
魔法が発動した。
音がしない。
光が遅れない。
遅延ゼロ。
誤差ゼロ。
完全同期。
空間に魔法陣が一瞬だけ現れ、
次の瞬間には結果だけが残る。
対戦相手の魔法が、
発動前に崩れる。
構造が割れる。
流れが断たれる。
観客席。
一瞬、
音が消えた。
「……え?」
誰かの声。
だが誰も続かない。
遅れてざわめきが広がる。
「今の…何?」
「詠唱してないぞ?」
「発動…してたよな?」
「見えなかった…」
さらに。
異常はそれだけではなかった。
レティシアの周囲。
同時に、
別の魔法が展開される。
一つではない。
二つ。
三つ。
四つ。
重なっている。
干渉しない。
遅れない。
ずれない。
完全に同期している。
普通ならあり得ない。
魔法同士が衝突する。
順序が乱れる。
だが彼女の魔法は、
すべて“順番通り”に動いていた。
表示が浮かぶ。
CONTROL
SS
PERFECT
ERROR
0
闘技場の魔法陣がわずかに震える。
結界が一瞬だけ遅れる。
観測席で光が乱れる。
騎士団席で視線が集中する。
研究所。
ログが跳ね上がる。
だが、
それよりも速く。
レティシアの魔法は終わっていた。
結果だけが残る。
対戦相手の魔法は消え、
防御も成立せず、
完全に制圧される。
静寂。
誰も動かない。
誰も声を出せない。
ただ一人、
審判だけが遅れて反応する。
「……勝者、レティシア」
声がわずかに震えていた。
その瞬間、
観客席が爆発する。
「なに今の!?」
「意味が分からない!」
「詠唱なしであれは…!」
「同時展開!?」
「人間のやり方じゃない!」
ざわめきが止まらない。
だが。
レティシアは静かだった。
視線を少し下げる。
まだ見えている。
ルーン。
線。
流れ。
順序。
(……簡単)
少し間。
(順番通りにやっただけ)
表示が一瞬だけ揺れる。
CONTROL
LIMIT
WARNING
すぐ消える。
彼女は気づかない。
ただ一つ、
確実なことがあった。
この動きは――
人間の領域を、越えている。