悪役令嬢は世界のバグを修正する
その男は、
静かに立っている。
年の頃は若い。
二十代前半。
整った顔立ちをしているはずだった。
だが――
印象に残らない。
視界に入っているのに、
輪郭が曖昧になる。
記憶に留めようとすると、
わずかにずれる。
表情は、ほとんど変わらない。
感情の起伏が見えない。
驚きも、
警戒も、
一切表に出ない。
だが、
その目だけが違う。
静かに、
周囲へ向けられている。
見る、という行為ではない。
測っている。
距離。
配置。
呼吸の間隔。
筋肉の緊張。
視線の流れ。
個々を見ているわけではない。
全体を、
“状態”として捉えている。
一人ひとりの人間は、
そこに存在しない。
あるのは、
環境としての集合。
変数。
それらがどう動いているか、
どう安定しているか。
それだけを、
確認している。
足が動く。
一歩。
音がない。
石畳を踏んでいるはずなのに、
接触の気配すら薄い。
無駄がない。
迷いもない。
必要な動作だけが、
連続している。
人の歩き方ではない。
機構のような、
精密な連続。
その動きに、
意志の揺らぎはない。
選択している様子もない。
最短の処理が、
そのまま行動になっている。
そして何より――
彼は、
誰も見ていない。
視線は向いている。
だが、
そこに“個”は存在しない。
生徒も、
教師も、
騎士も。
すべてが同列。
区別されない。
人ではない。
対象でもない。
ただの、
“状態”。
その認識の在り方そのものが、
この場にいる全員との決定的な違いだった。