悪役令嬢は世界のバグを修正する
沈黙が戻る。
ざわめきは再開しない。
誰も、さっきの一言の意味を掴めないまま、
空気だけが張りついている。
ルシアンは、
すでに視線を外している。
関心を失ったように見える。
だが違う。
“処理が終わった”だけだ。
彼の足が、
再び動く。
一定の速度。
無駄のない歩幅。
そのまま通り過ぎる――はずだった。
一瞬だけ、
わずかに顔の向きが変わる。
視線ではない。
確認の残滓のような、
微細な補正。
そして、
言葉が落ちる。
「制御が甘い」
小さい。
誰に向けたわけでもない。
だが、
確かにそこに残る。
意味は理解されない。
生徒は戸惑い、
教師は沈黙し、
騎士はさらに警戒を強める。
だが、
その言葉の本質に触れている者は、
ほとんどいない。
レティシアだけが、
静かにそれを受け取る。
(制御……)
自分のことではない。
もっと内側。
自分の中にある“何か”。
ルシアンは、
それ以上何も言わない。
振り返らない。
立ち止まらない。
ただ、
歩き続ける。
その姿に、
敵意はない。
攻撃の意思もない。
だが、
安心もない。
助ける存在ではない。
守る存在でもない。
整える存在。
管理する存在。
逸脱を、
元に戻す側の人間。
誰も口にしない。
だが、
その場にいる全員が、
本能的に理解していた。
あれは――
敵ではない。
だが、
味方でもない。