悪役令嬢は世界のバグを修正する
白い背が、
そのまま人の流れの中へ溶けていく。
足音は残らない。
存在の痕跡すら、
薄く消えていく。
誰も引き止めない。
誰も声をかけない。
ただ、
通り過ぎたあとだけが、
不自然に静かだった。
しばらくして、
教師の一人がようやく口を開く。
「……神殿からの監査官だ」
遅れて落ちた説明。
それで十分だと、
誰もが思おうとする。
「監査?」
生徒の一人が首を傾げる。
その言葉は、
聞き慣れているはずだった。
規律の確認。
運営の点検。
問題がないかを見るためのもの。
だが――
今のそれは、
どこか違う。
監査。
それは名目。
本質は別にある。
観測。
そして――
“対象確認”。
誰もそこまで言葉にしない。
理解しようともしない。
だが、
空気だけがそれを知っている。
ルシアンは、
すでに中庭を抜けている。
廊下へ。
さらに奥へ。
歩みは変わらない。
一定。
無駄がない。
一度も振り返らない。
レティシアの方を見ることもない。
完全に、
関心を外したように見える。
だが――
違う。
あの視線は、
もう離れていない。
直接向けられていなくても、
途切れていない。
常に、
どこかで“接続”されている。
レティシアは、
それを理解している。
背を向けられていても、
見られている。
距離が離れても、
測られている。
(……監査じゃない)
心の奥で、
静かに言葉が浮かぶ。
(確認されてる)
対象として。
ルシアンの姿が、
廊下の奥に消える。
その瞬間、
学園の日常は再び動き出す。
だが――
もう、
元には戻らない。
見えない場所で、
何かが確実に始まっていた。