悪役令嬢は世界のバグを修正する
会議室の空気は、
まだ冷えたままだった。
神殿使者の前で、
教師たちは誰一人として声を荒げない。
感情を見せれば、
それだけで不利になると知っているからだ。
学園長が静かに立ち上がる。
白髪交じりの男は、
使者へ向けてわずかに礼をした。
「……承知しました」
「学園は協力します」
その言葉に、
神殿使者は満足も警戒も見せない。
当然の返答として受け取っただけだった。
教師たちも沈黙する。
従ったように見える。
少なくとも、
外からはそう見えた。
だが、
会議が解散した瞬間から、
学園内部では別の命令が走り出す。
実技棟の教師は、
朝の授業予定を変更した。
「本日の合同演習は中止です」
「各学年、第三講堂へ移動してください」
理由は告げない。
だが誘導先は、
包囲線から遠い建物ばかりだった。
生徒たちは不満げにしながらも従う。
誰も知らない。
それが避難誘導だということを。
別の教師は、
廊下の監視員へ書類を手渡す。
「本館東通路、床石の亀裂確認です」
「通行規制をお願いします」
もちろん亀裂などない。
だがその報告で、
神殿側監視ルートが一つ止まる。
また別の教師は、
校内伝達記録の時刻を微妙にずらした。
五分。
たった五分。
それだけで、
追跡網の精度は落ちる。
露骨な反抗はできない。
だからこそ、
誰にも気づかれぬ範囲で歯車を狂わせる。
それが学園側の抵抗だった。
地下深く。
研究所では、
すでに別の戦いが始まっている。
観測盤の光が次々と点灯し、
赤い文字列が中央へ集約される。
RESTRAINT PROTOCOL
DETECTED
COUNTERPLAN
INITIATED
研究員たちの顔に緊張が走る。
「拘束術式の外部展開を確認」
「転移阻害陣、外周四点接続済み」
「対象隔離プロトコル、起動予測三十分以内」
報告が重なるたび、
状況の悪化が明確になっていく。
主任は椅子に深く腰掛けたまま、
静かに盤面を見つめていた。
年齢不詳のその男は、
やがて小さく息を吐く。
「ついに来たな」
驚きはない。
むしろ、
長く警戒していたものが予定通り現れた声音だった。
「対抗案Aを破棄」
「B案へ移行する」
研究員が振り返る。
「対象の移送ですか?」
主任は首を横に振った。
「まだ早い」
「まずは視界を奪う」
盤面に新たな文字列が走る。
SURVEILLANCE JAMMING
PREPARING
神殿は拘束しようとしている。
ならばこちらは、
その手足を鈍らせる。
真正面から勝てないなら、
構造ごと崩すしかない。
その頃、
学園の地上では、
生徒たちが普段通りの朝を過ごしていた。
教室へ向かい、
友人と話し、
鐘を待っている。
何も変わっていないように見える。
だが実際には、
教師たちは避難経路を作り、
研究所は対抗策を起動し、
神殿は拘束網を狭めている。
誰にも見えない場所で、
学園全体が戦場へ変わりつつあった。