悪役令嬢は世界のバグを修正する
朝の光が、
教室の窓から斜めに差し込んでいた。
机に落ちる影。
ざわつく生徒たちの声。
開いた教本の紙音。
景色だけ見れば、
いつもと変わらない朝だった。
けれど、
レティシアには違って見える。
人の立つ位置が変わっている。
廊下を通る教師の歩幅。
窓の外に見える騎士の視線。
教室前で立ち止まる監査官の間。
すべてが、
わずかに不自然だった。
偶然を装っている。
自然に見せようとしている。
だが、
意図だけは隠しきれていない。
(……増えてる)
気配の密度。
監視の数。
出口へ向かう視線の重なり。
誰か一人を中心に、
配置が組み替えられている。
その中心が自分だと、
もう分かっていた。
教室の扉が開く。
教師が入ってくる。
普段と変わらぬ顔で出席簿を開き、
いつも通りの声で告げる。
「着席してください」
だがその背後には、
見慣れない騎士が一人立っていた。
護衛には近すぎる。
監視には自然すぎる。
レティシアの視界に、
冷たい文字が浮かぶ。
TARGET LOCK
ACTIVE
心臓が一拍だけ強く鳴る。
けれど、
表情は動かさない。
(……私を捕まえる気だ)
理解は簡単だった。
包囲。
監視。
導線の制限。
これだけ揃えば、
目的は一つしかない。
だが、
次の瞬間、
その考えを自分で否定する。
(違う)
彼らが見ているのは、
私の顔じゃない。
名前でもない。
生徒としての立場でもない。
もっと奥。
もっと中。
遺跡で触れたもの。
世界と繋がってしまった何か。
この身に残った異物。
(中の“権限”を止めたいんだ)
その結論だけが、
妙に静かに胸へ落ちた。
彼らにとって、
自分は少女ではない。
器だ。
保有者だ。
管理外になった接続点だ。
教室のざわめきが遠く聞こえる。
友人同士の笑い声。
椅子を引く音。
誰もまだ気づいていない。
この部屋の空気が、
すでに捕縛前の静けさへ変わっていることを。
レティシアはゆっくりと窓の外を見る。
中庭の向こう。
騎士が二人、
進路を塞がない位置で立っている。
逃げ道を残しているように見えて、
そこへ誘導する配置だった。
(……本気だ)
けれど、
恐怖より先に浮かんだのは別の感覚だった。
知られた。
隠れていられなくなった。
そして、
相手もまた隠す気がなくなった。
TARGET LOCK
ACTIVE
文字列が明滅する。
レティシアは目を細め、
静かに立ち上がった。
捕まる前に、
確かめるべきことがあると思った。