悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜の学園は、
不自然なほど静かだった。
昼間のざわめきは消え、
石畳を走る足音もない。
窓に漏れる灯りもまばらで、
遠目にはいつも通りの学び舎にしか見えない。
何も起きていない。
そう錯覚するほど、
穏やかな夜だった。
だが外周には、
騎士たちの灯が並んでいる。
一定間隔で揺れるランタンの光。
巡回する影。
門前に立つ槍の先端が、
月明かりを鈍く返していた。
誰も騒がない。
怒号もない。
命令の叫びもない。
それでも、
そこにあるのは警備ではなかった。
包囲だった。
正門は閉ざされ、
裏門には二重の見張り。
外壁沿いには結界柱が淡く明滅し、
空へ伸びた光の膜が夜気を歪ませている。
逃げる者を拒む、
見えない檻。
校舎内もまた静かだった。
教師たちは扉を閉め、
低い声で連絡を交わしている。
生徒たちは寮室で、
理由の分からぬ緊張だけを感じていた。
廊下を歩く者は少ない。
誰もが、
説明されぬまま異常を察している。
その沈黙の中心に、
レティシアはいた。
部屋の窓辺に立ち、
夜の中庭を見下ろす。
灯りの位置。
騎士の歩幅。
視線の流れ。
何もかもが、
自分へ収束しているように思えた。
視界に文字が浮かぶ。
RESTRAINT ORDER
PENDING
執行待機。
準備完了。
いつでも来られるという意味だった。
レティシアは目を閉じる。
恐怖はある。
鼓動も速い。
けれど、
それ以上に理解していた。
これは脅しではない。
本当に来る。
(……来る)
小さく胸の内で呟く。
誰かが助けてくれる保証はない。
学園が守り切れる保証もない。
逃げ道があるかすら分からない。
それでも、
ただ待つだけでは終われなかった。
窓の外で、
巡回の灯が一つ止まる。
別の灯が角を曲がる。
包囲網が、
静かに締まり続けている。
夜風がカーテンを揺らした。
その音だけが、
やけに大きく聞こえた。
学園はまだ静かだった。
だが、その静けさは包囲の音だった。