悪役令嬢は世界のバグを修正する
礼堂跡地へ続く石畳の道を、
レティシアは駆けていた。
背後では怒号が上がっている。
封鎖線を抜けたことに気づいた騎士たちが、
遅れて追ってきているのだろう。
だが、
もう足音は遠い。
教師たちが作った一瞬の隙。
研究所側の攪乱。
いくつもの偶然が重なり、
彼女はここまで辿り着いた。
中央礼堂跡地の入口へ差しかかった瞬間、
レティシアは足を止めた。
そこに、
一人立っていたからだ。
白を基調とした装束。
無駄のない軽装鎧。
夜気の中で輪郭だけが静かに浮かぶような佇まい。
ルシアン。
彼は道の中央に立ち、
まるで最初からそこにいたかのように動かない。
剣も抜いていない。
構えすら見せていない。
それなのに、
一歩も進めない圧があった。
その後方、
礼堂跡地の外縁には騎士団の影が並んでいる。
距離を取って待機し、
誰一人として前へ出ない。
命令されているのか、
あるいは本能で理解しているのか。
この場へ踏み込めるのは、
彼だけだと。
風が吹く。
石畳の上を抜け、
二人の間で渦を巻いて消えた。
ルシアンの視線が、
静かにレティシアへ向けられる。
見るというより、
状態を測る目だった。
呼吸。
脈拍。
魔力の揺らぎ。
その奥にある何かまで、
照合するように。
やがて彼は口を開く。
「ここから先は進ませない」
声は低く、
感情の起伏がない。
脅しでも怒りでもない。
ただ決定事項を告げるような声音だった。
レティシアは息を整えながら、
彼を見返す。
背後には包囲網。
前にはこの男。
逃げ道はもうない。
けれど、
ここで引けば終わると分かっていた。
「……なら、どいて」
短い言葉だった。
強がりでもなく、
懇願でもない。
本心からの要求。
ルシアンの表情は変わらない。
だがその目だけが、
わずかに細められた。
対象が命令に従わず、
恐怖にも屈していないことを確認したからだ。
後方の騎士たちが息を呑む。
誰も声を出さない。
誰も近づけない。
この空間だけ、
別の規則で閉じられているようだった。
礼堂跡地の地下回路が、
微かに脈打つ。
神殿の制御術式が、
周囲の空気を硬化させる。
制御する者。
触れてしまった者。
二人の間に、
見えない戦端がすでに開かれていた。