悪役令嬢は世界のバグを修正する
白い格子線が、
礼堂跡地の空を覆っていた。
風は止まり、
砂は落ちず、
地下回路の脈動すら沈黙している。
世界そのものが、
呼吸を止めたような静寂だった。
レティシアはその中心で、
わずかに膝を沈める。
身体が重い。
足を前へ出すだけで、
見えない水の中を進むような抵抗がある。
魔力を巡らせようとしても、
遅い。
思考が現象へ届くまで、
何層もの壁を挟まれている感覚。
(……止められてる)
ルシアンの制御は、
力を奪うものではない。
変化そのものへ待機を命じる力だ。
だからこそ厄介だった。
彼女は息を整え、
目を閉じる。
戦うためではない。
壊すためでもない。
“触れる”ために。
視界の奥で、
冷たい文字列が浮かび上がる。
ACCESS NODE
OPEN
PRIORITY SHIFT
その瞬間、
止まっていた世界の裏側に、
別の層が見えた。
白い格子線。
固定された座標。
停止命令の流れ。
優先順位の高い制御群。
そしてその隙間に、
まだ閉じきれていない経路がある。
細い線。
微かな接続口。
誰にも見えない、
処理の抜け道。
(ここ……)
レティシアはそこへ意識を伸ばす。
命令しない。
奪わない。
上書きもしない。
ただ、
通してほしいと願う。
次の瞬間、
彼女の足元だけ風が動いた。
止まっていた髪先が揺れる。
石畳の隙間の砂が、
一粒だけ転がる。
白い格子に覆われた世界の中で、
そこだけが自然へ戻った。
ルシアンの目がわずかに細まる。
レティシアの視界には、
新たな情報が走る。
LOCAL EXCEPTION
GRANTED
固定された箇所へ、
例外が生まれたのだ。
彼女は一歩踏み出す。
今度は遅れない。
足元だけ、
重力も抵抗も薄れている。
世界がそこだけ通路を空けたようだった。
さらに彼女は手を伸ばす。
礼堂跡地の地下回路へ。
眠っていた古代経路が、
かすかに明滅する。
停止していた脈動が、
限定的に再開する。
流れ変更。
処理優先度変更。
固定箇所の例外生成。
一部現象上書き。
それは支配の力ではない。
破壊の力でもない。
世界へ命じるのではなく、
世界へ頼む力。
「……お願い」
誰にも聞こえないほど小さな声で、
レティシアは呟く。
その瞬間、
彼女の周囲だけ空気が流れ始めた。
止められた礼堂跡地の中に、
小さな自由圏が生まれる。
ルシアンの制御が、
世界を閉じる力なら。
レティシアのPermissionは、
閉じた世界へ扉を作る力だった。