悪役令嬢は世界のバグを修正する
白い格子線が、
礼堂跡地の全域を覆っていた。
縦横へ走る光の線は、
空間そのものへ座標を打ち込むように固定され、
広場全体を一つの完成された檻へ変えている。
FIELD CONTROL
STABLE LOCK
ルシアンの制御陣は、
すでに完成していた。
石畳は沈黙している。
先ほどまでわずかに鳴っていた地下回路の脈動も消え、
ひび割れの隙間に転がっていた小石さえ、
転がる途中で止まったように静止していた。
風もない。
夜気は冷たいはずなのに、
頬を撫でる感覚すら存在しない。
衣服の裾も、
髪の先も、
時間から切り離されたように動かない。
世界が停止していた。
正確には、
変化という行為だけが封じられていた。
ルシアンはその中心で、
静かに立っている。
呼吸の乱れもない。
表情も変わらない。
この結果が当然であるかのように、
ただレティシアを見据えていた。
「終わりだ」
低い声が響く。
「ここでは何も動かない」
礼堂跡地の外縁で待機する騎士たちが、
息を呑む。
彼らには術式の理屈までは分からない。
それでも、
この場の異常さだけは本能で理解できた。
生きている空間ではない。
これは、
止められた世界だと。
レティシアは白い格子の中で、
静かに前を見た。
身体は重い。
足先へ意識を送るだけでも、
深い水底でもがくような抵抗がある。
それでも、
彼女は視線を落とさない。
視界の奥では文字列が流れている。
ACCESS NODE
OPEN
PRIORITY SHIFT
見えない経路。
止まりきっていない流れ。
閉じられた世界の隙間。
(……通して)
命令ではなく、
願いだった。
レティシアが、
一歩踏み出す。
その瞬間だった。
彼女の足元だけ、
風が流れた。
止まっていたはずの空気が、
靴先を撫で、
石畳の上を小さく滑っていく。
髪の先が揺れる。
制服の裾がかすかに震える。
広場全体はなお静止したまま。
白い格子も崩れていない。
それなのに、
そこだけが確かに動いていた。
固定された世界に、
例外が生まれる。
騎士たちの間にざわめきが走る。
誰かが思わず半歩下がった。
あり得ない光景だった。
ルシアンの表情は、
なお崩れない。
だが、
その目だけが初めて細められる。
観測対象への確認ではない。
予測外の現象を前にした、
初めての反応だった。
「……そうか」
ごく小さく、
彼は呟く。
レティシアは二歩目を踏み出す。
その足元からまた風が生まれ、
止められた礼堂跡地へ細い道を刻んでいく。
世界を閉じる者と、
閉じた世界に通路を作る者。
二人の戦いは、
この一歩から始まった。