悪役令嬢は世界のバグを修正する
礼堂跡地の中央で、
沈黙だけが張り詰めていた。
白い格子線はなお空間を覆い、
レティシアの足元に生まれた小さな例外だけが、
細く風を通している。
だが、
その風も次第に弱くなっていた。
ルシアンは彼女を見据えたまま、
ゆっくりと左手を上げる。
右手で空間を固定し、
左手でさらに深い層へ触れるような所作。
祈りではない。
願いでもない。
ただ、
必要な処理を実行する動きだった。
白い格子が一斉に明滅する。
幾何学模様の線が組み替わり、
二重、三重に重なって密度を増していく。
レティシアの視界に、
鋭い文字列が割り込んだ。
AUTHORITY SUPPRESSION
EXECUTE
権限抑制。
執行開始。
次の瞬間、
視界全体へ激しいノイズが走る。
文字列が乱れ、
表示が裂け、
認識していた情報層そのものが歪む。
ACCESS NODE の表示は欠け、
PRIORITY SHIFT は途切れ途切れになり、
意味を持ったはずの経路が白く塗り潰されていく。
「……っ」
レティシアは思わず膝を揺らした。
身体が急激に重くなる。
先ほどまで足元だけ通っていた風も止まり、
呼吸すら粘つくようだった。
心臓が脈打つたび、
全身へ鉛が流し込まれていく感覚。
腕を上げるだけで遅い。
一歩踏み出そうとしても、
床そのものに沈み込むように進まない。
地下回路の反応も、
完全に押し潰されていく。
礼堂跡地に残っていた古い流れは、
ルシアンの制御に覆い尽くされつつあった。
彼はなお表情を変えない。
怒りも、
憎しみも、
勝利の高揚もない。
ただ、
必要だから行う。
その静かな確信だけがあった。
「管理されない力は災害だ」
低い声が、
重くなった空気へ落ちる。
「善意でも」
「無自覚でも」
「制御不能なら結果は同じだ」
その言葉に偽りはない。
彼は脅しているのではなかった。
本気でそう信じている。
世界は壊れやすい。
人は過ちやすい。
ならば、
強い力は枠に入れなければならない。
誰かが管理し、
逸脱を止め、
均衡を守らなければならない。
それがルシアンの正義だった。
彼に悪意はない。
少女を苦しめたいわけでも、
力を奪いたいわけでもない。
ただ、
世界を守ろうとしている。
それだけだった。
だからこそ、
厄介だった。
レティシアは乱れる視界の中で、
彼を見上げる。
白い装束。
静かな目。
迷いのない執行者。
敵意ではなく、
使命で立つ相手。
視界表示がさらに崩れる。
ERROR
ACCESS DENIED
SIGNAL LOSS
膝が石畳につく。
息が浅くなる。
世界との接続が遠のいていく。
ルシアンは一歩だけ前へ出た。
「ここで終わらせる」
その声には、
慈悲すら含まれていた。