悪役令嬢は世界のバグを修正する
膝が石畳につく。
冷たい感触が制服越しに伝わり、
礼堂跡地の硬さだけが妙に鮮明だった。
視界は乱れている。
白いノイズが走り、
文字列は欠け、
世界へ伸ばしていたはずの感覚が何層もの壁の向こうへ遠ざかっていく。
ACCESS DENIED
SIGNAL LOSS
断片化した表示が明滅し、
すぐに崩れた。
呼吸が浅い。
身体は重い。
指先に力を込めても、
砂一粒動かすのすら難しい。
ルシアンの制御は完璧だった。
変化を抑え、
接続を鈍らせ、
彼女という例外を世界から切り離そうとしている。
後方で騎士たちが息を呑む気配がする。
終わる。
誰もがそう思った。
だがレティシアだけは、
目を閉じなかった。
石畳に触れた掌の下から、
微かな脈動が伝わっていたからだ。
……とくん。
……とくん。
止まったはずの広場の奥底で、
かすかな律動がまだ生きている。
彼女はゆっくりと視線を落とす。
石の継ぎ目。
焼け焦げた古い刻印。
摩耗して消えかけた円環模様。
その下に、
見えない線が何重にも走っている。
学園地下システム。
礼堂跡地のさらに下層へ埋め込まれた、
古代回路群。
忘れられ、
眠らされ、
今も基盤だけが静かに残っている。
ルシアンは空間を固定した。
だが、
完全停止ではない。
彼の制御は、
流れそのものを消したわけではなかった。
優先順位を下げ、
動けなくしているだけだ。
その理解が、
雷のように彼女の中を貫く。
(止められてるんじゃない)
乱れる視界の奥で、
線と線が繋がる。
(優先順位を下げられてる)
処理が遅い。
反応が鈍い。
経路が閉じたように見える。
だが違う。
閉じたのではない。
後回しにされているだけだ。
ならば――
順番を戻せばいい。
レティシアは石畳へ手を置いたまま、
深く息を吸う。
命令ではない。
強制でもない。
世界へ届くよう、
ただ静かに願う。
「……お願い」
その瞬間、
視界全体を覆っていたノイズが、
一瞬だけ割れた。
地下深く、
眠っていた古代回路が淡く発光する。
礼堂跡地の石の継ぎ目から、
細い金色の線が浮かび上がった。
一本。
また一本。
広場全体へ網のように広がっていく。
ルシアンの白い格子線と、
地中から立ち上がる古い光。
二つの構造がぶつかり合う。
レティシアの視界が更新される。
PRIORITY OVERRIDE
REQUEST ACCEPTED
優先順位上書き。
申請受理。
止められていた脈動が戻る。
重かった身体がわずかに軽くなる。
呼吸が通る。
髪が揺れる。
足元に風が生まれる。
騎士たちの間にどよめきが走った。
誰かが後ずさる。
あり得ない。
制御下の世界が、
再起動し始めていた。
ルシアンの瞳が初めて揺れる。
ほんのわずか、
確信に亀裂が入る。
レティシアはゆっくりと立ち上がった。
膝の震えはまだ消えない。
それでも、
先ほどまでとは違う。
止められた少女ではない。
世界の奥に残された返答を、
確かに受け取った者の立ち姿だった。