悪役令嬢は世界のバグを修正する
均一化された夜の学園で、
レティシアだけが別の景色を見ていた。
膝をついたまま、
乱れる呼吸を整えながら顔を上げる。
周囲では教師たちが結界値の確認に追われ、
生徒たちは突然使えなくなった魔法に戸惑い、
騎士たちは命令待ちのまま沈黙している。
だが、
彼女の視界にはそれらより深い層が映っていた。
世界の裏側を走る線。
普段は意識しなければ見えない、
流れと接続の構造。
細く柔らかな光の筋が、
地面の下を、
樹木の根を、
校舎の壁面を、
人々の呼吸の周囲を縫うように巡っている。
それは自然経路だった。
風が風として流れ、
火が火として灯り、
人の意志が術式へ届くための本来の道筋。
複雑で、
不揃いで、
場所ごとに太さも形も違う。
けれど、
確かに生きている流れ。
その上から、
別の線が走っていた。
太い。
白く硬い。
迷いなく直線で伸びる制御ライン。
校舎も地脈も庭園も関係なく横断し、
自然経路を押し潰すように上から敷かれている。
一本ではない。
幾重にも重なり、
学園全域を格子状に包み込んでいた。
神殿のラインだ。
彼女の指先が震える。
自然の流れに干渉する術式は存在する。
結界も補助陣もその一種だ。
だが、
これは違う。
補助ではない。
共存でもない。
置き換えている。
細い自然経路が本来優先されるはずの地点で、
白い線が割り込み、
処理順そのものを書き換えていく。
風より先に制御が届く。
意志より先に制限が届く。
発動より先に許可が裁定される。
(これ……管理じゃない)
レティシアの喉が乾く。
(上書きしてる)
管理という言葉には、
既にあるものを整える響きがある。
見守り、
逸脱だけを抑え、
均衡を保つ。
そういうものだと思っていた。
だが目の前の構造は違う。
世界の本来の流れを認めたうえで制御しているのではない。
最初から別のルールを被せ、
従わせている。
自然は二番目へ追いやられていた。
その瞬間、
視界のさらに奥で、
今まで隠れていた層がわずかに開く。
白いラインの根元。
もっと高い場所へ伸びる、
巨大な幹のような経路。
そこへ文字列が浮かんだ。
ROOT ACCESS
RESTRICTED
根源接続。
制限中。
レティシアの息が止まる。
神殿の制御ラインが最上位ではない。
そのさらに上に、
アクセス権限そのものを管理する層がある。
神殿は発信源ではなく、
中継点にすぎない。
“上位層”が存在する。
誰か、
あるいは何かが、
もっと深い位置から世界へ触れている。
神殿はそれを代行し、
地上へ適用しているだけだ。
彼女の背筋に冷たいものが走った。
敵の規模が変わる。
一つの組織ではない。
一つの思想でもない。
世界そのものへ被せられた、
巨大な管理構造。
遠くで鐘が鳴る。
誰かが叫ぶ。
騎士たちが動き始める。
だがレティシアにはもう、
その音が遠かった。
見えてしまったからだ。
この世界は守られているのではなく、
層で閉じられているのだと。