悪役令嬢は世界のバグを修正する
屋上へ続く渡り廊下の影で、
カイルは手すりにもたれたまま学園全体を見下ろしていた。
夜の校舎群。
普段なら窓ごとに灯りの色が違う。
実習棟は青白く、
寮棟は暖色が混じり、
研究棟だけは深夜まで不規則に明滅する。
だが今は違った。
どの窓も同じ明るさ。
同じ揺らぎ幅。
同じ呼吸で点灯している。
「……気持ち悪ぃな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
返事はない。
風すらない。
中庭の木々も不自然だった。
枝葉は止まり、
影の揺れ方まで左右対称に近い。
噴水の水面には波紋がなく、
夜鳥の鳴き声も途切れている。
遠くを走る生徒の足音だけが、
やけに規則正しく響いた。
異常に統一されている。
カイルは目を細める。
戦場でも街でも、
人が集まれば必ず乱れが出る。
誰かが急ぎ、
誰かが迷い、
誰かが勝手に動く。
そういうズレの積み重ねが、
現実というものだ。
なのに今の学園には、
そのズレがない。
教師たちの移動速度。
騎士の巡回間隔。
結界柱の明滅周期。
魔導灯の減衰率。
全部が整いすぎている。
(揃いすぎてる)
感覚が先に告げる。
理屈より先に、
経験が拒否していた。
(自然じゃない)
偶然の余地がない。
人の集団である以上、
ここまで均一になるはずがない。
まして緊急事態の最中だ。
焦りも混乱も、
もっと表に出る。
だがそれすら薄められている。
不安はある。
戸惑いもある。
なのに爆発しない。
感情の起伏まで平らに均されているようだった。
カイルはゆっくりと視線を巡らせる。
校門。
外周結界。
礼堂跡地。
本館屋上の監視陣。
全ての中心線が、
ある一点から広がる円の中に収まっている。
管理。
そう呼ぶには強すぎる。
警備。
そう呼ぶには広すぎる。
これはもっと単純で、
もっと乱暴なやり方だ。
(これ……“制御”じゃなくて)
喉の奥で言葉が形になる。
(“均し”だ)
高いものを下げる。
尖ったものを削る。
速いものを遅らせる。
強いものを薄める。
違うものを同じにする。
その結果、
事故は減るだろう。
暴走も抑えられる。
予測もしやすくなる。
安定は得られる。
ただし、
代わりに消えるものがある。
自由だ。
個性だ。
偶然だ。
可能性だ。
カイルは舌打ちした。
「なるほどな……」
レティシアを狙った理由も見えてくる。
あいつは均されない。
押し下げても、
同じ形に収まらない。
世界の流れそのものへ触れる、
規格外の例外だ。
だから神殿は囲った。
監視した。
そして今、
学園ごと平らにしてでも押さえ込もうとしている。
「守ってるつもりか」
吐き捨てるように呟く。
その声音に、
珍しく怒気が混じっていた。
静まり返った学園の夜景を見下ろしながら、
カイルは背を起こす。
相手のやり方は分かった。
なら次に読むべきは、
その均しから外れる場所だ。
彼の目が鋭くなる。
秩序の顔をした圧力を前に、
ようやく狩人の顔になっていた。