悪役令嬢は世界のバグを修正する
学園地下、
封鎖区画のさらに奥。
石壁の通路を抜けた先に、
魔導院付属研究所の中央解析室があった。
外では学園全体が異様な静けさに包まれている。
だがこの部屋だけは違った。
魔導端末の光が走り、
記録板が高速で文字を刻み、
複数の観測盤が重なった音を立てている。
緊張と熱気が、
狭い室内に満ちていた。
中央卓上の投影陣に、
学園全域の構造図が浮かび上がる。
本来なら地脈の流れや結界の反応が、
複雑に脈打ちながら表示されるはずだった。
だが今は、
その上から巨大な白色レイヤーが覆いかぶさっている。
自然経路を押し潰し、
全てを同一基準へ揃えるような、
冷たい制御層だった。
研究員の一人が声を上げる。
「フィルタ負荷上昇!」
「学園外周から内部まで一括同期されています!」
別の席では若い技師が震える手で数値を追う。
「個別差の補正値が異常です……これ、人単位じゃない。区域ごとに平均化してる……!」
主任は腕を組んだまま、
投影陣を見つめていた。
白髪交じりの髪。
疲れた目。
だが思考だけは鋭く冴えている。
彼が低く命じる。
「深層を剥がせ。表面制御じゃなく、接続元を見ろ」
「了解」
解析陣の符号が切り替わる。
白い層の輪郭が削られ、
その下に隠されていた別構造が露出していく。
投影中央へ文字列が浮かんだ。
SYSTEM LAYER
DETECTED
AUTHORITY FILTER
ACTIVE
USER ACCESS
LIMITED
室内の空気が止まる。
誰もすぐには意味を口にできなかった。
最初に声を出したのは、
先ほどの若い研究員だった。
「……上位制御層の存在を確認」
喉が乾いたような声だった。
「神殿術式のさらに上から、接続権限そのものを選別しています」
「使用者ごとに許可範囲を制限……いえ、発生段階から絞っている」
別の研究員が顔色を失う。
「待ってください……これ、個人の魔力量を抑えてるんじゃない」
「“届く可能性”そのものを削ってる……!」
誰かが椅子を引く音がした。
信じたくない現実から、
無意識に距離を取るような音だった。
主任はしばらく黙っていた。
やがて、
投影陣へ一歩近づく。
白い層。
その下で細く脈打つ自然経路。
さらに奥にある、
権限裁定の見えない網。
全てを見届けたうえで、
彼は静かに言った。
「神殿は“管理している”んじゃない」
室内の全員が顔を上げる。
主任の声には怒りも嘆きもない。
ただ、
長く疑っていた答えへ辿り着いた者の確信だけがあった。
「“制限している”んだ」
沈黙が落ちる。
その一言で、
これまでの常識が崩れた。
神殿は秩序維持機関。
暴走を防ぎ、
世界の均衡を守る守護者。
誰もがそう教えられてきた。
だが実態は違う。
危険だけを止めていたのではない。
可能性ごと狭めていた。
芽吹く前の才能。
届くかもしれない接続。
世界へ触れ得る者たちの未来。
それら全てに、
最初から蓋をしていたのだ。
若い研究員が呟く。
「……じゃあ、レティシアは」
主任は答える。
「制限の外へ手が届いた存在だ」
「だから狙われる」
外で結界柱が低く唸る。
学園全体を均す圧力は、
今も続いている。
だがこの地下室では、
別の何かが動き始めていた。
理解だ。
そして、
怒りだった。