悪役令嬢は世界のバグを修正する
巨大な会議室の扉の前で、
レティシアたちは足を止められた。
両脇には近衛兵が直立し、
中央には濃紺の礼装をまとった侍従が一人立っている。
年配の男だった。
背筋は針金のように伸び、
口元には礼儀正しい笑みが貼りついている。
だがその目だけは冷たかった。
侍従は手元の名簿を確認し、
形式通りに一礼する。
「研究所主任殿」
「カイル殿」
そこまでは滑らかだった。
次に視線がレティシアへ移った瞬間、
わずかな間が生まれる。
「……レティシア殿」
その沈黙だけで、
相手が何を思っているか分かった。
男は扉の脇に控える案内係へ顎を向けた。
「主任殿とカイル殿は補佐席へ」
「資料確認および助言要員として着席いただきます」
続けて、
ほんの少しだけ声色を変える。
「レティシア殿は……見習い席へ」
空気がぴたりと止まった。
言葉遣いは丁寧だ。
だが意味は明白だった。
主席でも補佐でもない。
発言権のない端席。
子どもに与える飾りの椅子。
カイルの眉が跳ね上がる。
「見習い?」
「何のだよ」
侍従は微笑みを崩さない。
「会議作法の、でございます」
「国家中枢の会議ですので」
皮肉が薄く塗られていた。
学生風情に席があるだけありがたい、
そう言っているのと同じだった。
カイルが一歩前へ出かける。
「てめぇ――」
その肩を、
主任が無造作に押さえた。
「やめろ」
「今は座れれば十分だ」
低く、
感情のない声だった。
だがその一言で、
カイルは舌打ちしながら引き下がる。
「……気に食わねぇ」
「気に入る必要はない」
主任は淡々と返した。
「席次は力関係の飾りだ」
「本当に効くのは、座った後に何を言うかだ」
レティシアは二人のやり取りを黙って見ていた。
侍従の視線、
兵士たちの無表情、
扉の向こうから漏れるざわめき。
そのどれにも、
特別な感情は湧かなかった。
神殿では異端と呼ばれた。
学園では監視対象だった。
今度は見習い席。
呼び方が変わっただけだ。
彼女の視界に、
淡い表示が流れる。
SOCIAL HIERARCHY
ACTIVE
PRIORITY ASSIGNMENT
MANUAL
席順もまた、
この国の制御方式なのだと理解する。
誰を上へ置き、
誰を端へ追いやるか。
それだけで発言の重さまで変わる。
「こちらです」
案内係が小さな扉を開いた。
正面の豪奢な入口ではなく、
脇の補助通路。
それすら露骨だった。
レティシアは気にした様子もなく歩き出す。
その背を見て、
侍従の方がわずかに戸惑った。
侮辱に反応しない者は、
扱いづらい。
やがて重い扉の向こうから、
国家中枢の喧騒が漏れてくる。
見習い席へ通される少女は、
誰より冷静な足取りでその中心へ向かった。