悪役令嬢は世界のバグを修正する
脇通路の先にあった重厚な扉が、
内側から静かに開かれた。
次の瞬間、
眩い光とざわめきが流れ込んでくる。
巨大円卓会議室――
王国の意思決定が行われる中枢だった。
天井は高く、
半球状の蒼い装飾画には、
建国王と歴代の戦勝が描かれている。
壁面には各地方を象徴する旗が並び、
柱には金細工が巻かれ、
床の磨かれた石は鏡のように光っていた。
贅沢の集積。
権威そのものを形にした空間だった。
その中央には、
部屋の名の通り巨大な円卓が据えられている。
一枚板ではなく、
王国各地の銘木を繋ぎ合わせて作られた象徴的な卓。
だが今そこに集う者たちの視線は、
統一より分裂を物語っていた。
最上座には、
まだ若い国王が座していた。
年若い顔立ちに対し、
眼差しだけが年齢以上に疲れている。
王冠は軽くとも、
国難は重いのだろう。
その傍らには摂政役の側近たち。
右列には王弟派の貴族たち。
血統と伝統を盾にする保守派。
整えられた髭、
高価な衣服、
だが目つきは鋭い。
左列には大公爵家代表。
地方軍と領地経済を握る実力者たち。
礼装の上からでも、
武断の気配がにじんでいた。
さらに財務長官、
軍務卿、
商務官。
それぞれ大量の書類を抱え、
疲弊した顔で席についている。
周囲には老貴族たちが並び、
昔日の栄光をまだ手放していない顔で顎を上げていた。
レティシアたちが入室した瞬間、
室内の音が一度止まった。
紙をめくる手。
グラスを置く音。
小声の相談。
そのすべてが、
糸を切られたように途切れる。
視線が集まる。
値踏み。
警戒。
好奇。
露骨な軽蔑。
様々な感情が、
少女一人へ向けられた。
そしてすぐに、
押し殺した囁きが広がる。
「神殿を壊した娘か」
「例の異端」
「学園の問題児だろう」
「なぜここにいる」
「学生を会議へ入れる気か」
「王家も焦っておるな」
カイルが眉間に皺を寄せる。
「うるせぇ連中だな」
主任は平然としていた。
「騒ぐ者ほど、何も見えていない」
レティシアは会議室全体を見渡した。
神殿の聖堂とは違う。
ここには神秘も荘厳もない。
代わりにあるのは、
人間の欲望を磨き上げた光沢だった。
視界の端に文字列が流れる。
POWER CLUSTER
MULTIPLE
CONFLICT RATE
HIGH
RESOURCE CONTROL
CONCENTRATED
この部屋そのものが、
王国の縮図だった。
富、
権限、
恐れ、
保身。
すべてが円卓の上へ並べられている。
案内係に促され、
レティシアは端の見習い席へ向かう。
それでも視線は途切れない。
珍獣を見るような目。
火種を見るような目。
若き国王だけが、
その中でまっすぐ彼女を見ていた。
期待か、
賭けか、
あるいは最後の手段か。
読み切れない目だった。
席に着いた瞬間、
円卓の上の沈黙がわずかに軋む。
この会議はもう、
予定通りには進まない。