悪役令嬢は世界のバグを修正する
会議室の扉が閉じた瞬間、
戦場は外へ移った。
王都。
昼の光に満ちた街は、
一見するといつも通りだった。
白い石畳、
整然と並ぶ店、
行き交う人々。
だが、
空気が違う。
目に見えない何かが、
すでに流れ始めている。
掲示板。
王都中央広場の壁に、
新しい張り紙がいくつも重ねられていた。
――流通改革案に関する懸念
――市場混乱の可能性
――地方経済への影響
難しい言葉で書かれている。
だが、
その下に集まった人々の会話は、
もっと単純だった。
「なあ、聞いたか?」
荷運びの男が、
隣の商人に声をかける。
「王が流通を握るらしい」
「は?」
「商売、できなくなるってよ」
商人の顔色が変わる。
「……冗談だろ」
「いや、もう決まるって話だ」
どこから来たのか分からない情報。
だが、
“それっぽく”聞こえる。
市場の奥でも、
似たような声が広がっていた。
「また統制だってさ」
パン屋の前、
列に並ぶ女がぼやく。
「前もひどかったじゃない」
「値段も決められて、売るのも制限されて……」
記憶が、
勝手に結びつく。
過去の不満と、
今の噂が。
事実かどうかは関係ない。
“そうなる気がする”。
それだけで十分だった。
場面は変わる。
商人ギルド。
重たい扉の奥、
薄暗い会議室。
数人の幹部が顔を揃えている。
机の上には、
一枚の書簡。
無言で回される。
封蝋の印。
見覚えのある紋章。
誰も声に出さない。
だが、
意味は伝わる。
――従え。
それだけだ。
一人が低く呟く。
「……動くな、ってことか」
別の男が苦い顔をする。
「逆らえば?」
沈黙。
答えは分かっている。
契約の打ち切り。
物流の遮断。
信用の剥奪。
商人にとって、
それは死と同じだ。
「……従うしかねぇな」
重たい決断が落ちる。
その瞬間、
流れがまた一つ止まる。
王都の通りに戻る。
人々の会話は、
さらに形を変えていた。
「王が全部決めるらしい」
「自由に売れなくなる」
「金のあるやつしか得しない」
最初の話とは、
少しずつ違う。
だが方向は同じだ。
歪んでいる。
そして、
広がっている。
レティシアの提案は、
すでに別のものになっていた。
流れを戻す話ではない。
支配を強める話へ。
視界の奥に、
もし彼女がここにいれば見えるはずの表示。
INFORMATION FLOW
DISTORTED
真実は、
消えていない。
ただ、
届かなくなっている。
王都全体が、
ゆっくりと一つの方向へ傾いていく。
誰も気づかないまま。
意図された流れに沿って。