悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜の王都は静かだった。
だが、
その静けさの裏で、
流れは音もなく組み替えられていく。
貴族街の奥。
重厚な扉の内側、
灯りを絞った応接室。
机の上に並ぶのは、
武器ではない。
契約書だ。
分厚い羊皮紙に、
整った条文と、
既に押された印章。
「更新の時期だ」
向かいに座る貴族が、
淡々と言う。
商会の代表は、
その言葉に視線を落とした。
内容は理解している。
独占契約。
流通経路の固定。
そして――
“他への供給禁止”。
「……この条件では」
言いかけて、
止まる。
貴族は何も言わない。
ただ、
見ている。
その沈黙が、
すべてを語っていた。
逆らえば、
物流は止まる。
倉庫は使えない。
許可は降りない。
つまり――
商売が終わる。
商会の代表は、
ゆっくりと息を吐いた。
「……承知しました」
羽根ペンが走る。
署名。
その一筆で、
流れが固定される。
別の屋敷でも、
同じ光景が繰り返されていた。
違う商会。
違う貴族。
だが結果は同じ。
契約は更新され、
新しい流れは閉じられる。
場所は変わる。
倉庫街。
夜の冷気の中、
巨大な扉の前で人影が立ち尽くしていた。
「……開かねぇ」
荷運びの男が、
錠前を叩く。
返事はない。
代わりに貼られた紙が、
風に揺れている。
――契約更新につき、当面閉鎖
「ふざけんな……!」
荷車の上には、
運び込めなかった荷が積まれている。
野菜。
穀物。
時間が経てば、
価値は消える。
だが、
入れない。
別の倉庫へ向かおうとしても、
答えは同じだった。
「満杯だ」
「契約済みだ」
「受け入れはできない」
すべて、
同じ言葉。
だが、
その裏にあるのは偶然ではない。
“埋められている”。
空きを作らないように、
あらかじめ。
新しい流通が入り込む余地を、
消すために。
さらに別の場所。
街道の分岐点。
商人たちが足止めされている。
「この先は通れない」
警備兵が淡々と告げる。
「なぜだ!」
「契約路線の変更だ」
それだけで終わる。
説明はない。
必要もない。
道はある。
だが、
“使えない”。
流れは、
目に見えないところで、
選別されている。
王都のあちこちで、
同じことが起きていた。
契約が結ばれ、
倉庫が閉じられ、
道が制限される。
それぞれは小さな変化。
だが、
すべてが繋がると、
一つの結果になる。
――新しい流れは通らない。
レティシアの提案は、
まだ実行されていない。
だがその前に、
封じられている。
誰も宣言していない。
命令も出ていない。
それでも、
現実は変わる。
既成事実として。
静かに、
確実に。