悪役令嬢は世界のバグを修正する
王宮の奥、
人の気配が薄れる時間帯。
石の回廊を抜けた先にある執務室で、
別の戦いが進んでいた。
机の上に並ぶのは、
剣でも契約書でもない。
文書。
整然と積まれた紙束に、
細かな文字がびっしりと並んでいる。
「流通安定化のための臨時課税案」
若い官僚が読み上げる。
声は淡々としている。
内容もまた、
もっともらしい。
「現状の混乱を抑制するため、主要経路に対し追加税を――」
別の官僚が頷く。
「必要だな」
理由は整っている。
混乱対策。
安定維持。
誰も否定しにくい言葉。
だが、
それが意味するところは単純だった。
――通すほど負担が増える。
流れは鈍る。
自然にではなく、
制度として。
別の書類が開かれる。
「通行許可制度の改訂について」
年配の官僚が眼鏡越しに目を細める。
「現行の許可を一度すべて再審査とし、継続可否を判断」
「不適合と判断された場合は停止」
誰かが小さく息を吐く。
「……つまり選べるわけか」
通すか、
止めるか。
その基準は明確に書かれていない。
「適正な流通管理のため、柔軟な判断を可能とする」
その一文が、
すべてを曖昧にする。
柔軟。
つまり、
どうにでもなる。
最後に、
一枚の薄い文書が差し出される。
「現行法解釈の補足です」
内容は短い。
だが、
最も重い。
「無許可流通の定義を拡張し、許可経路外の物資移動を違反対象とする」
一人の官僚が顔を上げる。
「……これでは、ほとんどすべてが該当するのでは」
返答は静かだった。
「そのための解釈だ」
沈黙。
誰もが理解する。
曖昧にすることで、
範囲は広がる。
広がれば、
選別できる。
合法にもできるし、
違法にもできる。
選ぶ側の意思一つで。
ペン先が紙に触れる。
さらさらと、
名前が書かれていく。
印が押される。
乾いた音が、
やけに大きく響いた。
それだけで、
世界のルールが一つ変わる。
流通は、
税で削られ、
許可で縛られ、
法で止められる。
レティシアの提案は、
まだ施行されていない。
だがその前に、
別の形で定義される。
危険な行為。
規制すべき対象。
視界の奥に、
もし彼女がここにいれば見えるはずの表示。
LEGAL FRAME
UPDATED
TARGET
REFORM FLOW
戦いは、
正面からではない。
先に囲い、
後から否定する。
気づいた時には、
すでに動けない形にされている。
それが、
この戦場のやり方だった。