悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜の帳簿室は、
静かだった。
机の上には、
昼に集めた契約書の写しが並んでいる。
カイルは一枚を手に取り、
ゆっくりと目を通した。
「専属供給契約……」
条文は整っている。
違法ではない。
むしろ、
“よくある形式”に見える。
だが、
読み進めるほどに、
違和感が積み重なる。
「他経路での取引禁止」
「指定倉庫以外での保管不可」
「契約路線外での輸送制限」
カイルは次の紙を引き寄せる。
別の商会。
だが、
内容はほとんど同じ。
違うのは、
相手の家名だけ。
「……逃げ道がねぇな」
小さく吐き捨てる。
一つ一つは問題ない。
だが、
全部重なると――
何もできなくなる。
昼間に聞いた商人の言葉が、
頭の中で蘇る。
『回ってこねぇ』
あれは、
能力の問題じゃない。
意思でもない。
構造だ。
カイルは椅子から立ち上がり、
窓の外を見た。
遠くの倉庫街。
あの中にある物資。
出せば売れる。
売れば儲かる。
それなのに、
出せない。
(出さないんじゃない)
視線が細くなる。
(出せない)
理由は単純だ。
倉庫は借り物。
流通路も借り物。
許可も借り物。
すべてが、
“他人のもの”の上に成り立っている。
「逆らったら終わり、か」
契約を切られれば、
保管できない。
流せない。
売れない。
つまり、
商売ができない。
机に戻り、
カイルは契約書を重ねた。
紙の束が、
やけに重く感じる。
「……共犯じゃねぇな」
低く言う。
表面だけ見れば、
商会も同じ側に見える。
価格は上がる。
利益も出る。
だが、
それは選んだ結果じゃない。
選ばされた結果だ。
従わなければ、
排除される。
だから従う。
それだけだ。
カイルの頭の中で、
構造がさらに明確になる。
上にいるのは、
貴族。
その下に、
商会。
そして、
市場。
流れは上から決まる。
下は従うしかない。
「……拘束されてる」
その一言が、
すべてを言い表していた。
自由な市場ではない。
契約で縛られた、
閉じた系。
だから、
外から流れを入れようとすると――
弾かれる。
レティシアの提案が、
通らない理由。
その一端が、
ここにある。
カイルは最後に、
一枚の契約書を机に置いた。
その上に指を置き、
軽く叩く。
トン。
「……切れねぇ鎖だな」
商人は、
動いている。
だが、
自由じゃない。
その事実が、
次の一手を考えるための前提になる。
壊すべきは、
商人じゃない。
この“拘束”そのものだ。