悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜は深く、
宿舎の一室だけがまだ灯りを保っていた。
机では足りない。
カイルは壁を使っていた。
紙を貼る。
収穫報告。
輸送記録。
倉庫台帳。
契約書の写し。
価格推移。
それぞれを、
無造作に見えて計算された位置に固定していく。
そして、
一本の線を引いた。
黒いインクが、
紙と紙を繋ぐ。
入口。
西物流門。
その先に、
倉庫。
さらに、
商会。
市場。
カイルは止まらない。
別の線。
資源採掘。
輸送路。
中継拠点。
それぞれを結び、
重ねていく。
最初は単純だった。
だが、
線が増えるほどに、
構造が浮かび上がる。
点ではない。
面でもない。
網だ。
「……やっぱりな」
低く呟く。
貴族家の名前に印をつける。
同じ紋章が、
複数の紙に現れる。
別の家も同じだ。
役割は違う。
だが、
どこかで必ず繋がる。
カイルは一歩下がった。
壁全体を見る。
無数の線。
交差する経路。
集中するポイント。
「ここだな」
指を伸ばす。
倉庫群。
物流門。
中継路。
流れが集まり、
そして分岐する場所。
「……全部押さえてる」
誰が、とは言わない。
もう分かっている。
この構造は、
偶然では作れない。
計算して、
配置して、
維持している。
カイルの目に、
一つの像が浮かぶ。
流れるはずのものが、
途中で捕まり、
選ばれ、
出される。
そのすべてが、
この網の中で決まる。
壁の中央。
線が最も集中する場所。
そこに、
小さく印をつける。
トン、と指で叩く。
「……ここが心臓だ」
ここを通らなければ、
何も流れない。
ここを止めれば、
すべてが止まる。
ここを動かせば、
すべてが動く。
カイルはゆっくりと息を吐いた。
全体が見えた。
断片だった情報が、
一つの形になる。
貴族。
倉庫。
商会。
流通路。
資源。
すべてが繋がり、
一つの“仕組み”として機能している。
頭の奥に、
言葉が浮かぶ。
RESOURCE FLOW MAP
CONTROLLED NODES
IDENTIFIED
そんな表示が、
はっきりと見える気がした。
カイルは腕を組み、
その構造を見上げる。
敵は一人じゃない。
個別でもない。
これは――
「派閥、か」
呟きは静かだった。
だが、
その意味は重い。
繋がっているからこそ、
強い。
同時に動くからこそ、
崩れない。
カイルの目が、
わずかに鋭くなる。
「……逆に言えば」
一つの可能性が浮かぶ。
この網は、
完成している。
だからこそ――
どこを切れば、
全体が崩れるかも見える。
彼はもう一度、
壁の中心を見た。
そこにある印。
次に狙う場所は、
決まっていた。