悪役令嬢は世界のバグを修正する
帰路の空は、
もう夕暮れに染まり始めていた。
王都の輪郭が、
ゆっくりと影に沈んでいく。
石畳を踏む音が、
静かに続く。
レティシアは前を歩き、
カイルがその半歩後ろをついていく。
二人とも、
しばらく何も言わなかった。
見てきたものが、
多すぎた。
倉庫。
市場。
裏通り。
輸送路。
それぞれが、
別の場所にありながら、
同じ形をしていた。
“止まっている”。
それだけで、
すべてが説明できるほどに。
やがて、
カイルが口を開く。
「で、どうする?」
軽い調子。
だが、
問うているのは核心だ。
レティシアは少しだけ視線を上げる。
遠くに、
王都の灯りが一つずつ点き始めている。
以前なら、
考えていた。
制度。
規則。
全体の設計。
どう直すか。
どう変えるか。
だが――
今は違う。
頭の中にあるのは、
一つの流れ。
止められている場所。
繋がっていない線。
そして、
そこを通ったときの変化。
レティシアは静かに言う。
「……全部はやらない」
カイルが眉を上げる。
「珍しいな」
否定ではない。
興味だ。
レティシアは続ける。
「一つでいい」
足を止める。
振り返らない。
ただ、
前を見たまま。
「小さくてもいいから、通す」
それが、
今の結論だった。
理屈ではなく、
現実として。
倉庫を一つ。
輸送路を一つ。
市場への流れを一つ。
どこでもいい。
“通れば”、変わる。
カイルが小さく笑う。
「実証か」
レティシアは頷く。
証明する。
言葉ではなく、
結果で。
止められている流れは、
通せば戻る。
それを、
見せる。
そして、
静かに言った。
「止められてるなら、通せばいい」
短い言葉。
だが、
そこに迷いはない。
カイルは肩をすくめる。
「シンプルで助かる」
そのまま歩き出す。
二人の足取りは、
来たときよりも確かだった。
もう、
問題は見えている。
あとは、
動かすだけだ。
宿舎の灯りが近づく。
夜が、
ゆっくりと王都を包み始めていた。
レティシアは最後に一度だけ、
街の方へ視線を向ける。
歪んだ流れ。
止められた構造。
そのすべてを、
はっきりと捉えたまま。
彼女は理解した。
この国は壊れているのではない。
“流れを止められている”だけなのだ。