悪役令嬢は世界のバグを修正する
貴族区画の最奥。
重厚な扉が閉じられる。
外の灯りも、
王宮の喧騒も届かない部屋。
集まっているのは、
数人だけだった。
だが、
この国の流通と資金を握る者たち。
沈黙が続く。
誰も席についたまま動かない。
先ほどまで王宮で交わされていた議論は、
もうここにはない。
建前も、
正論も、
均衡論も消えている。
残っているのは、
損失だけだった。
老貴族の一人が、
静かに酒杯を置く。
乾いた音が響いた。
「……終わっていない」
低い声。
怒鳴りではない。
だからこそ冷たい。
若い貴族が苛立ちを隠さず言う。
「押し切られた」
「王家が介入を認めたんだぞ」
「次はさらに広がる」
その言葉に、
別の男が鋭く返す。
「だから止める」
空気がわずかに張る。
彼らは理解していた。
今回の敗因は、
真正面から戦ったことだ。
公開討論。
数字。
制度。
民意。
見える場所で争った。
だから、
流れを奪われた。
老貴族は、
ゆっくりと目を細める。
「今度は表ではない」
静かな声。
だが、
その一言で空気が変わる。
正面から止められないなら、
裏で止める。
制度ではなく、
人を潰す。
流れそのものではなく、
流れを作る者を断つ。
事故。
噂。
契約。
金。
やり方はいくらでもある。
若い貴族が低く笑う。
「民は結果しか見ない」
「失敗すれば終わる」
「なら――失敗させればいい」
その言葉に、
誰も反論しない。
今回の試験導入は限定的だ。
だからこそ脆い。
数州。
数路線。
限定市場。
どこか一つでも崩せば、
“改革は危険”という空気を戻せる。
彼らはまだ負けていない。
いや、
勝敗の形そのものを変え始めていた。
表の政治から、
見えない戦いへ。
老貴族は窓の外を見た。
王都の灯りが、
遠く揺れている。
その光を見つめながら、
静かに言う。
「流れを止めろ」
命令は、
それだけだった。
だがその瞬間、
戦いは次の段階へ移った。
制度改革ではない。
“流れそのもの”を巡る、
見えない戦争へ。