悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜風が、
王宮の石壁を静かに撫でていた。
会議は終わった。
改革案は承認された。
それでも、
王宮の空気はまだ張り詰めている。
廊下では官僚たちが慌ただしく動き、
兵士たちは警備を強めている。
誰も、
終わったとは思っていない。
王宮外の高い通路。
王都を見下ろせる場所で、
レティシアは立ち止まっていた。
遠くに見える市場の灯り。
ゆっくり動く荷車。
夜でも消えない人の流れ。
止まりかけていた国が、
わずかに動き出している。
その光景を、
彼女は黙って見つめていた。
背後から足音が近づく。
カイルだった。
壁にもたれ、
同じように王都を見下ろす。
しばらく、
何も言わない。
静かな夜。
遠くの喧騒だけが、
かすかに届いている。
やがてカイルが、
低く口を開いた。
「勝った気分か?」
軽い調子ではない。
確認だった。
討論会。
王家会議。
改革採択。
ここまで、
確かに流れは変わった。
以前なら、
絶対に通らなかった改革。
それが今、
国家制度として動き始めている。
だから普通なら、
勝利と言っていい。
だが、
レティシアはすぐには答えなかった。
視線は王都へ向いたまま。
少しだけ考えるように沈黙する。
風が吹く。
彼女の髪が、
わずかに揺れた。
そして、
静かに答える。
「……違う」
短い返答。
そこに迷いはない。
カイルは横目で彼女を見る。
レティシアは、
遠くの灯りを見たまま続けた。
「やっと始まった」
その言葉と同時に、
夜の空気が静かに沈む。
改革成立は、
終着点じゃない。
むしろ逆だ。
今までは、
“始めるため”に戦っていただけ。
制度を通し、
流れを動かし、
国家を変える土台を作った。
だがこれからは違う。
動き始めた流れを、
維持しなければならない。
壊されないように。
止められないように。
利用されないように。
そして、
民に本当に届く形へ変えなければならない。
それは、
もっと長く、
もっと複雑な戦いだった。
カイルは小さく息を吐く。
「面倒な道選んだな」
レティシアは、
わずかに目を細めた。
「簡単なら、とっくに変わってる」
その言葉に、
カイルが苦く笑う。
王都の灯りが、
夜の闇の中で揺れていた。
止まりかけていた流れ。
崩れかけていた国。
その中で今、
ほんの少しだけ、
未来が動き始めている。
だが同時に、
暗闇の中でも別の流れが動いている。
見えない敵。
水面下の妨害。
静かな戦争。
それら全部を抱えたまま、
国は次の段階へ進もうとしていた。