悪役令嬢は世界のバグを修正する
地下資料庫を出た頃には、
夜はもう深く沈んでいた。
王都の空気は静かだった。
遠くで、
荷車の車輪が石畳を鳴らしている。
市場は閉じている。
だが、
流通そのものは止まっていない。
以前とは違う。
ほんの少しだけ、
世界が動き始めている。
レティシアは、
神殿上層へ続く古い回廊で足を止めた。
高窓から、
夜の王都が見える。
灯り。
煙。
動く人影。
そのすべてを見下ろしながら、
彼女は静かに思考を整理していた。
最初は、
貴族の腐敗だと思った。
物流独占。
価格操作。
市場支配。
だから改革しようとした。
流れを戻そうとした。
そして実際、
少しだけ戻った。
だが、
その瞬間に見えてしまった。
“止まり方”が異常だった。
本来この国は、
もっと動ける。
もっと流れる。
もっと発展できる。
それなのに、
長い間、
必要以上に止められていた。
そして、
その構造は貴族だけでは説明できない。
神殿。
知識制限。
技術封印。
承認制度。
“危険だから制御する”。
その思想。
さらに国家制度。
複雑化した許認可。
過剰管理。
停滞前提の構造。
全部繋がっている。
レティシアはゆっくり目を閉じた。
神殿が制限していた。
貴族が搾取していた。
国家は停滞していた。
だが――
それら全部、
別々じゃない。
同じ構造の中にある。
発展を抑える。
流れを管理する。
変化を遅らせる。
そのために、
知識も、
物流も、
制度も使われている。
そして国家そのものが、
その管理構造の一部になっている。
視界の奥に、
淡い表示が浮かび上がる。
SYSTEM ANALYSIS
UPDATED
GLOBAL STRUCTURE
PARTIALLY IDENTIFIED
CORE FUNCTION
CONTROLLED STAGNATION
“管理された停滞”。
その文字を見た瞬間、
レティシアは静かに息を吐いた。
停滞は事故じゃない。
腐敗の結果でもない。
世界そのものが、
そうなるよう維持されている。
急速発展を防ぎ、
技術拡散を抑え、
流通を管理し、
変化を制限する。
その巨大な構造が、
国家の上に、
神殿の上に、
世界そのものへ覆い被さっている。
レティシアは窓の外を見る。
王都は動いている。
小さく。
わずかに。
だが確かに。
だからこそ、
分かってしまった。
この流れは、
“本来あるべき速度”のほんの一部に過ぎない。